精霊日記21日目
目の前で倒れる親友を、私は守ることができなかった。
私が学んできた魔術は、強大な魔力の前には何もかも無力だった。
あまりにも惨憺な光景に、私は目の前に映るものすべてを否定したくなった。
これはきっと悪い夢だ。
私は夢ではない何処かを求めて、親友を置き去りにしたまま暗闇の中をさ迷い歩いた。
失意に打ちひしがれる私が辿り着いたのは、とある商店のアンティーク調の鏡の前だった。
「その鏡に興味がおありですか?」
紫の髪の女性が目を細めて私に微笑んだ。
「その鏡は異送鏡と言って、その鏡に映った者の、思い描く場所へ行くことが出来るのだそうですよ。」
私は紫の髪の女性に、縋るような気持ちで尋ねた。
「この鏡を使えば、過去に戻ることもできるんですか?」
「ええ、勿論……転移に必要な魔力さえ満たすことができれば。」
―夢はそこで覚めた。
「うぁあああ……すげー寝起きの悪い夢を見たぁ。」
今日はフィーさんにチョコ作りの基礎を教わってから、サクラと一緒にバレンタイン用のチョコを作る予定だったのに、朝から気分が鬱蒼としてしまって私は布団の中で悶え転がった。
「夢占いの本とか後で調べておこう。私、なにか心配事でもあるのかなー……そりゃ、卒業試験の事とかあまり進んでなくて不安だけどさー」
黒いウサギの縫ぐるみのFPを抱えながら、私がゴロゴロして壁掛け時計を見ると、朝の支度を整える時間が限りなく間に合わないことに気づいた。
「わぁあああん!何で、朝からこんな慌ただしいぉおお!?FPも時間がやばいんなら、黙ってないで起してよぉ!もぅぅううう!」
私はFPを床に叩きつけようと振りかぶってはみたが、ユカラにうさぎの扱いが雑だという理由で、うさぎ耳を持った少女のマグノリアさんに会わせてくれない事を思い出した。
私はFPをそっとキャビネットに戻すと、飛び起きて朝の支度を速やかに整えた。
準備が整った私は、セツカ兄ぃから借りたペンダントをフィーさんの姿に戻した。
セツカ兄ぃに渡しておいてくれと頼まれた指輪と、着替えの服とエプロンをフィーさんに渡すと、私は彼女をキッチンへ案内した。
フィーさんのチョコ作りのお手伝いをしつつ、私もチョコ作りの基礎を学んだ。
去年は確かノウァが作ったチョコの余りをサクラとユカラに配った気がするが、今年は自分でしっかりチョコを作りたいと何となく思った。
「セツカは1個づつ大事に食べると思うから、日持ちの良いチョコソフトクッキーにしてみようかなって。」
フィーさんのリア充話を聞ききながら頷きつつ、私は自分の腕相応のチョコの型抜きの方法を教わった。
テンパリングという作業には温度管理が大事らしい。
簡単そうに見えて、手作りチョコを作るのはなかなか手間がかかるなと思った。
「初めてにしては、なかなか上手だったわ。後はトッピングしたり冷やして固めるだけだから、簡単なはずよ。」
「ありがとー!フィーさんが教えてくれるのが上手いから、失敗しないで済んじゃいました。」
フィーさんの作ったチョコソフトクッキーを味見させて貰いながら、軽くお茶を飲んでくつろいだ私達は、部屋を出てからそれぞれの約束の場所へ向かうために別れた。
フィーさんは、セツカ兄ぃと待ち合わせの場所へ。
私は、サクラと一緒にチョコ作りをするために、彼女のいる宿へと向かった。
「ウルド、今日は付き合ってくれてありがとう。」
サクラが嬉しそうに微笑んでるのを見て、私は今朝の憂鬱な気分がすっかり晴れた。
「ううん!サクラとチョコ作りなんて初めてだから楽しみにしてたんだよ。すっげえ美味しいの作ってレイヤ先生を驚かせようね!」
せっかくのサクラとのチョコ作りで足を引っ張る訳にはいかないと思って、事前にフィーさんにチョコの作り方を教えて貰ったのはサクラには内緒である。
私は、うさぎの型抜きで色々な味のうさぎのチョコレートを作り、サクラは抹茶風味の生チョコに挑戦した。
私の方は、フィーさんに教わった通りに型抜きに入れて冷やすだけの楽しいうさぎチョコ量産体制だったが、サクラの方はまるで錬金術授業のように真剣な眼差しで、チョコ作りに専念していた。
「ふぅー、出来たぁ。ちゃんと固まってるみたい。ウルドの方はどう?」
「うん、こっちも出来たよ。ウサギの型の耳んとこが細くてチョコが折れないか心配だったけど、厚みがあるから大丈夫そうだね。」
私は、冷えて固まったうさぎの形のチョコをサクラに見せた。
見た目的にもかわいい感じに作れたお陰で、サクラにも好評な印象だった。
「ねえ、ウルドは誰にあげるの?」
「ノウァ達だよ。あ、男性にってことなら、小熊さんとかユカラとか……」
「やっぱりウルドは本命チョコはないんだね。」
サクラはレイヤ先生の本命チョコを作ってるせいか、私の本命も気になるようだった。
「だから恋愛経験ないって前も言ったじゃん。本命あるなら全部一緒で量ができるものになんてしないよ。」
「そうだね……よぉし、あたし頑張る!頑張ってレイヤ先生に渡す!えとね、ラッピングの勉強もしてみたんだよ。」
「おっ、やる気満々だね。確かにラッピングがしょっぼいと台無しだもんね。」
「うん、かわいい系はレイヤ先生には似合わないからシンプルで綺麗めのをと思って包装道具用意したんだ。」
サクラはそう言いながら、淡いイエローの不織布と淡いグリーンの不織布を広げてみせた。
それから箱にいれたチョコを袋状に包み、ビニタイでくちをとめて見せた。
「どう?」
「綺麗だし開けやすくていいね。」
包装にこだわるサクラを見習って、私もチョコを入れる箱は少し拘ってみようと思った。
私は配る相手に合わせてリボンの色や箱の色を変えてみる事にした。
ユカラに渡す箱の色はユカラの髪に合わせてシンプルに白にしてみた。
あまりにも簡素で物足りなかったので、ちょっと派手なピンクのリボンも付けてみた。
なんだか箱も大きいのを選んでしまったので、多めにうさぎのチョコも入れてみた。
チョコ作りを終えてサクラと別れた後、私はみんなにチョコを配って回った。
残るはユカラの分だ。
私はユカラを呼び出して、チョコの入った箱を手渡した。
「深雪さ。くれるのは嬉しいけど、ちょっとこれ大きんじゃない。何ヶ月分?」
「いいんだよ!マグノリアちゃんも居るから、二人で分けて食べられるようにしたんだからっ!?」
ユカラが両手で私にチョコを入れた箱を掲げてみせるので、確かにちょっと大きかったかもしれないと心の中では反省しつつ、私は咄嗟に思いついた事で誤魔化した。
「ああ、なるほどね。マグノリアに直接別にもういっこ渡せばいいのに。兎好きなんだからマグノリアと話したいんだろ?」
「チョコは多めに作ったから、細かいことは気にしなくていいんだよ!?私だって直接手渡していいんだったら、マグノリアちゃんに渡すもん!ユカラがいじわるするから、こうなるんだよユカラのアホー!」
人事のように言うので、私は思わずユカラに怒鳴ってその場を走り去った。
あれ……何でこんな事になってんの。
普通にチョコをユカラに渡せなかった悔しさで、何だか知らないけど涙が出た。
私が学んできた魔術は、強大な魔力の前には何もかも無力だった。
あまりにも惨憺な光景に、私は目の前に映るものすべてを否定したくなった。
これはきっと悪い夢だ。
私は夢ではない何処かを求めて、親友を置き去りにしたまま暗闇の中をさ迷い歩いた。
失意に打ちひしがれる私が辿り着いたのは、とある商店のアンティーク調の鏡の前だった。
「その鏡に興味がおありですか?」
紫の髪の女性が目を細めて私に微笑んだ。
「その鏡は異送鏡と言って、その鏡に映った者の、思い描く場所へ行くことが出来るのだそうですよ。」
私は紫の髪の女性に、縋るような気持ちで尋ねた。
「この鏡を使えば、過去に戻ることもできるんですか?」
「ええ、勿論……転移に必要な魔力さえ満たすことができれば。」
―夢はそこで覚めた。
「うぁあああ……すげー寝起きの悪い夢を見たぁ。」
今日はフィーさんにチョコ作りの基礎を教わってから、サクラと一緒にバレンタイン用のチョコを作る予定だったのに、朝から気分が鬱蒼としてしまって私は布団の中で悶え転がった。
「夢占いの本とか後で調べておこう。私、なにか心配事でもあるのかなー……そりゃ、卒業試験の事とかあまり進んでなくて不安だけどさー」
黒いウサギの縫ぐるみのFPを抱えながら、私がゴロゴロして壁掛け時計を見ると、朝の支度を整える時間が限りなく間に合わないことに気づいた。
「わぁあああん!何で、朝からこんな慌ただしいぉおお!?FPも時間がやばいんなら、黙ってないで起してよぉ!もぅぅううう!」
私はFPを床に叩きつけようと振りかぶってはみたが、ユカラにうさぎの扱いが雑だという理由で、うさぎ耳を持った少女のマグノリアさんに会わせてくれない事を思い出した。
私はFPをそっとキャビネットに戻すと、飛び起きて朝の支度を速やかに整えた。
準備が整った私は、セツカ兄ぃから借りたペンダントをフィーさんの姿に戻した。
セツカ兄ぃに渡しておいてくれと頼まれた指輪と、着替えの服とエプロンをフィーさんに渡すと、私は彼女をキッチンへ案内した。
フィーさんのチョコ作りのお手伝いをしつつ、私もチョコ作りの基礎を学んだ。
去年は確かノウァが作ったチョコの余りをサクラとユカラに配った気がするが、今年は自分でしっかりチョコを作りたいと何となく思った。
「セツカは1個づつ大事に食べると思うから、日持ちの良いチョコソフトクッキーにしてみようかなって。」
フィーさんのリア充話を聞ききながら頷きつつ、私は自分の腕相応のチョコの型抜きの方法を教わった。
テンパリングという作業には温度管理が大事らしい。
簡単そうに見えて、手作りチョコを作るのはなかなか手間がかかるなと思った。
「初めてにしては、なかなか上手だったわ。後はトッピングしたり冷やして固めるだけだから、簡単なはずよ。」
「ありがとー!フィーさんが教えてくれるのが上手いから、失敗しないで済んじゃいました。」
フィーさんの作ったチョコソフトクッキーを味見させて貰いながら、軽くお茶を飲んでくつろいだ私達は、部屋を出てからそれぞれの約束の場所へ向かうために別れた。
フィーさんは、セツカ兄ぃと待ち合わせの場所へ。
私は、サクラと一緒にチョコ作りをするために、彼女のいる宿へと向かった。
「ウルド、今日は付き合ってくれてありがとう。」
サクラが嬉しそうに微笑んでるのを見て、私は今朝の憂鬱な気分がすっかり晴れた。
「ううん!サクラとチョコ作りなんて初めてだから楽しみにしてたんだよ。すっげえ美味しいの作ってレイヤ先生を驚かせようね!」
せっかくのサクラとのチョコ作りで足を引っ張る訳にはいかないと思って、事前にフィーさんにチョコの作り方を教えて貰ったのはサクラには内緒である。
私は、うさぎの型抜きで色々な味のうさぎのチョコレートを作り、サクラは抹茶風味の生チョコに挑戦した。
私の方は、フィーさんに教わった通りに型抜きに入れて冷やすだけの楽しいうさぎチョコ量産体制だったが、サクラの方はまるで錬金術授業のように真剣な眼差しで、チョコ作りに専念していた。
「ふぅー、出来たぁ。ちゃんと固まってるみたい。ウルドの方はどう?」
「うん、こっちも出来たよ。ウサギの型の耳んとこが細くてチョコが折れないか心配だったけど、厚みがあるから大丈夫そうだね。」
私は、冷えて固まったうさぎの形のチョコをサクラに見せた。
見た目的にもかわいい感じに作れたお陰で、サクラにも好評な印象だった。
「ねえ、ウルドは誰にあげるの?」
「ノウァ達だよ。あ、男性にってことなら、小熊さんとかユカラとか……」
「やっぱりウルドは本命チョコはないんだね。」
サクラはレイヤ先生の本命チョコを作ってるせいか、私の本命も気になるようだった。
「だから恋愛経験ないって前も言ったじゃん。本命あるなら全部一緒で量ができるものになんてしないよ。」
「そうだね……よぉし、あたし頑張る!頑張ってレイヤ先生に渡す!えとね、ラッピングの勉強もしてみたんだよ。」
「おっ、やる気満々だね。確かにラッピングがしょっぼいと台無しだもんね。」
「うん、かわいい系はレイヤ先生には似合わないからシンプルで綺麗めのをと思って包装道具用意したんだ。」
サクラはそう言いながら、淡いイエローの不織布と淡いグリーンの不織布を広げてみせた。
それから箱にいれたチョコを袋状に包み、ビニタイでくちをとめて見せた。
「どう?」
「綺麗だし開けやすくていいね。」
包装にこだわるサクラを見習って、私もチョコを入れる箱は少し拘ってみようと思った。
私は配る相手に合わせてリボンの色や箱の色を変えてみる事にした。
ユカラに渡す箱の色はユカラの髪に合わせてシンプルに白にしてみた。
あまりにも簡素で物足りなかったので、ちょっと派手なピンクのリボンも付けてみた。
なんだか箱も大きいのを選んでしまったので、多めにうさぎのチョコも入れてみた。
チョコ作りを終えてサクラと別れた後、私はみんなにチョコを配って回った。
残るはユカラの分だ。
私はユカラを呼び出して、チョコの入った箱を手渡した。
「深雪さ。くれるのは嬉しいけど、ちょっとこれ大きんじゃない。何ヶ月分?」
「いいんだよ!マグノリアちゃんも居るから、二人で分けて食べられるようにしたんだからっ!?」
ユカラが両手で私にチョコを入れた箱を掲げてみせるので、確かにちょっと大きかったかもしれないと心の中では反省しつつ、私は咄嗟に思いついた事で誤魔化した。
「ああ、なるほどね。マグノリアに直接別にもういっこ渡せばいいのに。兎好きなんだからマグノリアと話したいんだろ?」
「チョコは多めに作ったから、細かいことは気にしなくていいんだよ!?私だって直接手渡していいんだったら、マグノリアちゃんに渡すもん!ユカラがいじわるするから、こうなるんだよユカラのアホー!」
人事のように言うので、私は思わずユカラに怒鳴ってその場を走り去った。
あれ……何でこんな事になってんの。
普通にチョコをユカラに渡せなかった悔しさで、何だか知らないけど涙が出た。
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精霊日記20日目
今回の日記はPTメンバーのサブキャラ、セツカ(E-No.656)さんのお誕生日記念話です。
「バレンタインの近くまでにはフィーさんに会えるようにしておくから、ペンダント貸しておいて。」
深雪の言葉を信じて、フィーの魂が封じられたペンダントを渡したセツカは、約束の日までそわそわして気持ちが落ち着かなかった。
またフィーに会える期待と、普段身に着けているペンダントがない不安が入り交じって、日頃の任務であるサクラやレイヤの護衛にも気が削がれそうになる程だった。
「ダメだな……こういう時こそ、気持ちを切り替えていかないと。」
精霊協会の依頼を終えて宿に戻ったセツカは、荷物を置いてベッドに寝転がると、そのまま微睡みに襲われ眠りについてしまった。
目が覚めたら、フィーが隣にいてくれる。
そんな淡い期待をセツカは抱きつつも、現実はそんなに甘いものではなく、目が覚めたら独りだという事実を受け止めなければいけない。
それならせめて夢の中だけでも、フィーと楽しく過ごしていたい。
セツカの思いが通じたのか、ふと目の前に微笑んでいるフィーの姿があった。
「フィー。夢の中だし、少しぐらい無茶しても怒られないよな……」
セツカがフィーを思い切り抱きしめると、ギャーという大きな悲鳴が上がりセツカの身体はベッドに突き飛ばされた。
「痛てぇ!?なんだよ、この夢!?」
「ちょっと、寝ぼけているの?起きていきなり抱きついてきたら、こっちだってびっくりするでしょ!?」
いきなり突き飛ばされたので、セツカの目は覚めたがフィーが自分の部屋にいる理由が、いまいち理解できていなかった。
「え、もしかして俺。あれからバレンタインまでずっと眠りっぱなしだったのか……」
「セツカ、バレンタインは1週間以上先だよ。ウルドさんが前より呪いの方解析できたから、元に戻れる時間が余ったって言ってた。」
「随分とアバウトな説明だな……深雪らしいというか何というか。でも、フィーに会えるのは嬉しい誤算だよ。正直、ペンダント手渡してから少し不安だった。」
セツカがフィーの手を握ると、彼女は紫と赤のオッドアイの目を細めてはにかんだ。
「私も、セツカに早く会いたかったから。ずっと人の姿でいられる訳じゃないみたいだけど。あ、折角だから何か美味しいもの作ってくるね。」
厨房へ向かおうとするフィーの手をセツカは握り締めると、そのまま引き戻してフィーをベッドの横に座らせた。
「折角会えたんだから、何もしなくていい……ずっとこうしていよう。」
セツカに後ろからしがみ付かれたフィーは、肩をビクリと弾ますと、振りほどこうとしてジタバタし始めた。
「そ、それでもいいんだけど!ウルドさんが後で何があったか、根掘り葉掘り聞いてくると思うから!?何もしないで、ずーっと一緒に居たっては言いづらくて!?」
「くそっ、深雪め……フィーに余計なプレッシャーを。でも、分かった。クリスマスの時に回れなかった場所にデートに今から行くか。」
「えっ、今から?そんなに無理しなくてもいいよ。さっきだって、セツカは疲れて寝ていたんでしょ?だから、ご飯作ろうかと思ったんだけど。」
「ありがとう、フィー。それじゃ、手料理の方は次の楽しみにとっておく。夜は宿の方で一緒にご飯食べるとして、それまで少し時間があるな……フィーは何がしたい?」
セツカがフィーを離して尋ねると、彼女は自分の髪の毛を指でくるくるとさせながら少し考え込んでいるようだった。
「うん、セツカとの思い出になるような事できたらいいかな……漠然としてて、なんだかごめんね。」
「そっか……分かった。」
セツカはフィーの肩を掴んで正面を向かせると、真剣な眼差しで顔を近づけてきた。
「ちょ!?ちょっとタンマ!?思い出になるけど、ウルドさんに恥ずかしくて説明できないよ!?」
「くそっ、また深雪か。どこまでも邪魔しやがって……許せん。」
「セツカ。元の姿でいられるのはウルドさんのお陰だから、怒りをぶつける場所が間違ってると思うよ?」
フィーに頭を撫でられて、少しは落ち着きを取り戻したセツカは、今日が日本の行事で節分にあたる日だと思い出した。
「そうだな……フィー、もう大丈夫だ。そういえば今日は節分の日なんだな。フィーは節分って知ってる?俺の故郷だと恵方巻き食べたり、豆まきしたりするんだけど。」
「節分?知らないわ。恵方巻きと豆まきって何?それって面白かったりするのかしら?」
「魔を払ったり福を呼ぶ習慣だから、そんなに面白くはないと思うけど……折角だし、やってみるか。でも、恵方巻きは夜食べる前にきついし、準備も少し時間が掛かるな。」
フィーが恵方巻き食べてテンパッてる姿を見てみたいと、セツカは口に出しそうになるのを、大人の理性で抑え込んだ。
「それなら、豆まきっていうのをやろうよ。どうやってやるの?セツカ、教えて。」
「そういえば、落花生なら少しあったかも。同じ豆だし、落としても食べられるし落花生を使うか。じゃあ、俺が鬼役になるから、フィーが俺に豆を投げてよ。」
セツカは紙で箱を折って、落花生を入れるとフィーに手渡した。
「セツカすごいね、紙で箱作れるんだ?豆はセツカに投げればいいの?」
「これぐらいの箱なら俺だって折れるよ。うん、ただ豆を投げるだけじゃなくて『鬼は外、福は内』って言って投げるんだ。福は内の時は部屋に方に投げて。」
「うん、分かった……やってみる。鬼はそとーっ。」
「そうそう、良い感じ。そうやって鬼を部屋から出すんだよ。」
落花生を軽く放るフィーに和んで、笑いながら逃げていたセツカだったが、調子づいたフィーは的確に顔や目に豆をぶつけるようになった。
「ふふ、これ面白いわね。鬼はそとー、鬼はそとー、鬼はそとー!」
「フィー、あのさ鬼に豆投げるだけじゃなくて、福は内って部屋にも投げないと意味が無いんだよ。あと、地味に顔狙ってない?痛いんだけど。」
「へぇ、そうなんだ?でも楽しいから、鬼に投げるわ。鬼はーそと!鬼はーそと!」
「フィー、人が痛がってるのを分かってやってるだろ、それ!?ちょっと手本見せるから豆渡せよ!」
「嫌よ。私が鬼役になって、今度はセツカが私に豆をぶつけるんでしょう?そう安々と渡さないわ。」
セツカが奪いとろうとする豆の箱を、背を伸ばして高く掲げて抵抗したフィーは、足元のバランスを崩してそのままセツカと一緒に倒れこんだ。
「いたたっ……セツカのばか!転んだせいで豆をばら撒いちゃったじゃない!どうしてくれるのよ!?」
「さて……どうしようかな。フィー、豆まきはね。投げる豆がなくなったら鬼の言うことを聞かなきゃいけないってルールが有るんだよ。」
上乗りの態勢になったセツカが、仰向けになったフィーに不敵な笑みを浮かべた。
「え、なにそのルール。あ、さっきは調子に乗って、豆投げ過ぎてごめんなさい。」
いつもと様子が違うセツカに、フィーは不安になって身体を起こそうとしたが、腕も掴まれて起き上がれない状態にされてしまった。
「ダメ、許さない。今の俺は鬼モードだから。」
悪乗りして、困っている表情が見たくなったセツカは、わざとフィーに冷たい態度を装った。
「えっ、ちょっ!?鬼モードって何!?本気で怖いんですけど!?」
「そうだな、許して欲しかったらフィーが態度で示して見せてよ?」
フィーの耳元に顔を寄せてセツカが囁くと、突如後ろのドアが勢い良く開かれた。
「あっ、フィーさーん!バレンタインの時にチョコ作るのお手伝いしてって言うの忘れてたー!その時はよろしくねー……って、何やってんのそんな所で。」
深雪の白けた視線に、フィーは目を逸らしてセツカは気まずそうに立ち上がった。
「いや、フィーに豆まきを教えてたんだ……節分だし。」
「あっ、そっかー。そういえば今日は節分だもんねー……そんな豆まきあるか。」
深雪の的確なツッコミにセツカは一瞬怯んだが、床に散らばった豆を深雪に投げつけて追い払った。
「痛っ、痛っ!?セツカ兄ぃのアホー!もうフィーさんの事元に戻してなんかやんねーから!」
涙目で逃げてゆく深雪にそれでも落花生を投げるセツカを、フィーは慌てて抱きしめて押さえ込んだ。
「セツカ、もう止めて!ウルドさんのライフはとっくに0よ!」
「くっ!フィー……すまない。しかし何でほんとに、邪魔ばかりするんだ深雪は!」
「セツカ……ウルドさんに八つ当たりはよくないと思う。私も一緒に謝りに行くから、ウルドさんの機嫌直して貰わないと。」
「あ、うん。俺も少し悪ふざけし過ぎた。深雪に謝りに行くついでに、みんなで一緒にご飯食べに行くか。」
「あっ、それがいいと思う。ウルドさんからセツカの事も聞いてみたいし。さっきの打ち合わせの話もしておきたいし。」
フィーはそう言うと、セツカの顔を覗きこんで頬を膨らませた。
「あと、さっきのはちょっと怖かったわ……ああいうのはやめてね。苦手なんだから。」
「ごめんごめん。へぇ、苦手なんだ……いい事聞いたかも。」
ニヤリと嬉しそうな表情をするセツカの耳を、フィーは顔を真っ赤にして思い切り引っ張った。
「バレンタインの近くまでにはフィーさんに会えるようにしておくから、ペンダント貸しておいて。」
深雪の言葉を信じて、フィーの魂が封じられたペンダントを渡したセツカは、約束の日までそわそわして気持ちが落ち着かなかった。
またフィーに会える期待と、普段身に着けているペンダントがない不安が入り交じって、日頃の任務であるサクラやレイヤの護衛にも気が削がれそうになる程だった。
「ダメだな……こういう時こそ、気持ちを切り替えていかないと。」
精霊協会の依頼を終えて宿に戻ったセツカは、荷物を置いてベッドに寝転がると、そのまま微睡みに襲われ眠りについてしまった。
目が覚めたら、フィーが隣にいてくれる。
そんな淡い期待をセツカは抱きつつも、現実はそんなに甘いものではなく、目が覚めたら独りだという事実を受け止めなければいけない。
それならせめて夢の中だけでも、フィーと楽しく過ごしていたい。
セツカの思いが通じたのか、ふと目の前に微笑んでいるフィーの姿があった。
「フィー。夢の中だし、少しぐらい無茶しても怒られないよな……」
セツカがフィーを思い切り抱きしめると、ギャーという大きな悲鳴が上がりセツカの身体はベッドに突き飛ばされた。
「痛てぇ!?なんだよ、この夢!?」
「ちょっと、寝ぼけているの?起きていきなり抱きついてきたら、こっちだってびっくりするでしょ!?」
いきなり突き飛ばされたので、セツカの目は覚めたがフィーが自分の部屋にいる理由が、いまいち理解できていなかった。
「え、もしかして俺。あれからバレンタインまでずっと眠りっぱなしだったのか……」
「セツカ、バレンタインは1週間以上先だよ。ウルドさんが前より呪いの方解析できたから、元に戻れる時間が余ったって言ってた。」
「随分とアバウトな説明だな……深雪らしいというか何というか。でも、フィーに会えるのは嬉しい誤算だよ。正直、ペンダント手渡してから少し不安だった。」
セツカがフィーの手を握ると、彼女は紫と赤のオッドアイの目を細めてはにかんだ。
「私も、セツカに早く会いたかったから。ずっと人の姿でいられる訳じゃないみたいだけど。あ、折角だから何か美味しいもの作ってくるね。」
厨房へ向かおうとするフィーの手をセツカは握り締めると、そのまま引き戻してフィーをベッドの横に座らせた。
「折角会えたんだから、何もしなくていい……ずっとこうしていよう。」
セツカに後ろからしがみ付かれたフィーは、肩をビクリと弾ますと、振りほどこうとしてジタバタし始めた。
「そ、それでもいいんだけど!ウルドさんが後で何があったか、根掘り葉掘り聞いてくると思うから!?何もしないで、ずーっと一緒に居たっては言いづらくて!?」
「くそっ、深雪め……フィーに余計なプレッシャーを。でも、分かった。クリスマスの時に回れなかった場所にデートに今から行くか。」
「えっ、今から?そんなに無理しなくてもいいよ。さっきだって、セツカは疲れて寝ていたんでしょ?だから、ご飯作ろうかと思ったんだけど。」
「ありがとう、フィー。それじゃ、手料理の方は次の楽しみにとっておく。夜は宿の方で一緒にご飯食べるとして、それまで少し時間があるな……フィーは何がしたい?」
セツカがフィーを離して尋ねると、彼女は自分の髪の毛を指でくるくるとさせながら少し考え込んでいるようだった。
「うん、セツカとの思い出になるような事できたらいいかな……漠然としてて、なんだかごめんね。」
「そっか……分かった。」
セツカはフィーの肩を掴んで正面を向かせると、真剣な眼差しで顔を近づけてきた。
「ちょ!?ちょっとタンマ!?思い出になるけど、ウルドさんに恥ずかしくて説明できないよ!?」
「くそっ、また深雪か。どこまでも邪魔しやがって……許せん。」
「セツカ。元の姿でいられるのはウルドさんのお陰だから、怒りをぶつける場所が間違ってると思うよ?」
フィーに頭を撫でられて、少しは落ち着きを取り戻したセツカは、今日が日本の行事で節分にあたる日だと思い出した。
「そうだな……フィー、もう大丈夫だ。そういえば今日は節分の日なんだな。フィーは節分って知ってる?俺の故郷だと恵方巻き食べたり、豆まきしたりするんだけど。」
「節分?知らないわ。恵方巻きと豆まきって何?それって面白かったりするのかしら?」
「魔を払ったり福を呼ぶ習慣だから、そんなに面白くはないと思うけど……折角だし、やってみるか。でも、恵方巻きは夜食べる前にきついし、準備も少し時間が掛かるな。」
フィーが恵方巻き食べてテンパッてる姿を見てみたいと、セツカは口に出しそうになるのを、大人の理性で抑え込んだ。
「それなら、豆まきっていうのをやろうよ。どうやってやるの?セツカ、教えて。」
「そういえば、落花生なら少しあったかも。同じ豆だし、落としても食べられるし落花生を使うか。じゃあ、俺が鬼役になるから、フィーが俺に豆を投げてよ。」
セツカは紙で箱を折って、落花生を入れるとフィーに手渡した。
「セツカすごいね、紙で箱作れるんだ?豆はセツカに投げればいいの?」
「これぐらいの箱なら俺だって折れるよ。うん、ただ豆を投げるだけじゃなくて『鬼は外、福は内』って言って投げるんだ。福は内の時は部屋に方に投げて。」
「うん、分かった……やってみる。鬼はそとーっ。」
「そうそう、良い感じ。そうやって鬼を部屋から出すんだよ。」
落花生を軽く放るフィーに和んで、笑いながら逃げていたセツカだったが、調子づいたフィーは的確に顔や目に豆をぶつけるようになった。
「ふふ、これ面白いわね。鬼はそとー、鬼はそとー、鬼はそとー!」
「フィー、あのさ鬼に豆投げるだけじゃなくて、福は内って部屋にも投げないと意味が無いんだよ。あと、地味に顔狙ってない?痛いんだけど。」
「へぇ、そうなんだ?でも楽しいから、鬼に投げるわ。鬼はーそと!鬼はーそと!」
「フィー、人が痛がってるのを分かってやってるだろ、それ!?ちょっと手本見せるから豆渡せよ!」
「嫌よ。私が鬼役になって、今度はセツカが私に豆をぶつけるんでしょう?そう安々と渡さないわ。」
セツカが奪いとろうとする豆の箱を、背を伸ばして高く掲げて抵抗したフィーは、足元のバランスを崩してそのままセツカと一緒に倒れこんだ。
「いたたっ……セツカのばか!転んだせいで豆をばら撒いちゃったじゃない!どうしてくれるのよ!?」
「さて……どうしようかな。フィー、豆まきはね。投げる豆がなくなったら鬼の言うことを聞かなきゃいけないってルールが有るんだよ。」
上乗りの態勢になったセツカが、仰向けになったフィーに不敵な笑みを浮かべた。
「え、なにそのルール。あ、さっきは調子に乗って、豆投げ過ぎてごめんなさい。」
いつもと様子が違うセツカに、フィーは不安になって身体を起こそうとしたが、腕も掴まれて起き上がれない状態にされてしまった。
「ダメ、許さない。今の俺は鬼モードだから。」
悪乗りして、困っている表情が見たくなったセツカは、わざとフィーに冷たい態度を装った。
「えっ、ちょっ!?鬼モードって何!?本気で怖いんですけど!?」
「そうだな、許して欲しかったらフィーが態度で示して見せてよ?」
フィーの耳元に顔を寄せてセツカが囁くと、突如後ろのドアが勢い良く開かれた。
「あっ、フィーさーん!バレンタインの時にチョコ作るのお手伝いしてって言うの忘れてたー!その時はよろしくねー……って、何やってんのそんな所で。」
深雪の白けた視線に、フィーは目を逸らしてセツカは気まずそうに立ち上がった。
「いや、フィーに豆まきを教えてたんだ……節分だし。」
「あっ、そっかー。そういえば今日は節分だもんねー……そんな豆まきあるか。」
深雪の的確なツッコミにセツカは一瞬怯んだが、床に散らばった豆を深雪に投げつけて追い払った。
「痛っ、痛っ!?セツカ兄ぃのアホー!もうフィーさんの事元に戻してなんかやんねーから!」
涙目で逃げてゆく深雪にそれでも落花生を投げるセツカを、フィーは慌てて抱きしめて押さえ込んだ。
「セツカ、もう止めて!ウルドさんのライフはとっくに0よ!」
「くっ!フィー……すまない。しかし何でほんとに、邪魔ばかりするんだ深雪は!」
「セツカ……ウルドさんに八つ当たりはよくないと思う。私も一緒に謝りに行くから、ウルドさんの機嫌直して貰わないと。」
「あ、うん。俺も少し悪ふざけし過ぎた。深雪に謝りに行くついでに、みんなで一緒にご飯食べに行くか。」
「あっ、それがいいと思う。ウルドさんからセツカの事も聞いてみたいし。さっきの打ち合わせの話もしておきたいし。」
フィーはそう言うと、セツカの顔を覗きこんで頬を膨らませた。
「あと、さっきのはちょっと怖かったわ……ああいうのはやめてね。苦手なんだから。」
「ごめんごめん。へぇ、苦手なんだ……いい事聞いたかも。」
ニヤリと嬉しそうな表情をするセツカの耳を、フィーは顔を真っ赤にして思い切り引っ張った。
精霊日記19日目
ここではない何処か。
鬱蒼と茂った木々の道無き道を、二人の少女が木漏れ日を頼りに歩いていた。
紺色の髪に紫の目をした少女は、森の少し開けた場所を見つけると、一緒に歩いていたもう一人の藤色の髪の少女に話しかけた。
「オリフィアさん、霧も出てきたようですので、少しここで休憩しませんか?」
オリフィアと呼ばれた少女は頷くと、リュックを降ろして一息ついた。
「ノウァ様が一緒に居て下さって心強いです。お兄様も出掛けてしまっているので、独りになってしまう所でしたから。」
足元には既に靄がかかり始め、時間が経てばさらに視界が悪くなることは明白だった。
薄暗い森は、二人だけを世界から隔絶したように錯覚するほど静寂に支配されていた。
うさぎの耳の生えた少女、マグノリアが居なくなってからのオリフィアは、気丈には振舞っているものの、ノウァにはどこか寂しげにも見えた。
「……やるなら、今しかないわね。」
ノウァは腰掛けているオリフィアに近づくと、覆い被さるように背中から彼女の首に手を回した。
「……ノウァ様?」
突然の事にやや驚いたオリフィアは、ノウァの方に振り向こうとしたが、首元の冷たい刃物がそれを阻んだ。
漆黒の鎌の刃は、掠めただけでも首筋にはうっすらと赤い線が浮かび上がり、オリフィアが少しでも動けば首と胴体が離れてしまいそうだった。
「ごめんなさいね。あなたに恨みがある訳では無いのだけど。魔王なんてものが目覚めてしまうと厄介だから、消えて貰うわ。」
ノウァは、感情を押し殺したような抑揚のない声でオリフィアに囁いた。
「何の事でしょう……私はただの旅の女ですが……?」
身じろぎもせず、オリフィアは普段通りの落ち着いた声で返事を返した。
「今のあなたが人間でも魔王でも関係ないわ。私にとっての不穏分子には変わりないから。マグノリアさんがこっちの世界に来られたって事は、あなたもこちらの世界に干渉する手段があるって事でしょう?」
オリフィアが答えるのを待つことはなく、ノウァは首元に近づけた鎌の方に意識を集中させながら話を続けた。
「私がここに来た目的は、一緒に出口を探すふりをしてずっとあなた達を閉じ込めておく事だった。目的が果たせなくなりそうだから、根源を絶つわね。」
「ええ、ノウァ様……ノウァの目的は薄々分かっていました。」
「そう、なら話は早いわ。いたぶるような趣味はないから、一瞬で終わらせてあげる。マグノリアさんの方には元気でやってるって伝えておくから安心してね。友達として、約束は守ってあげるわ。」
ノウァが鎌に力を込めようとすると、オリフィアは明らかに場違いな穏やかな表情でくすりと笑った。
「私の首はいつでも取れるのでしょう?ノウァ……少し、お話を聞いていただけますか?」
首元に刃物を突きつけられても狼狽えない様子を見たノウァは、オリフィアが死ぬ事を覚悟しているのか、ただ虚勢を張っているだけなのかと考えたが、もう一つの選択肢である自分が彼女を殺すことができないというイメージが脳裏を掠めた。
それは、同じ眷属としての彼女に対する恐怖心や畏敬などではなく、憐れみでも罪悪感でもない、もっと温かい素朴な感情だった。
惑わず心を凍らせて、芽生えた不可解な感情をノウァは頭の隅に追いやった。
「あら、遺言でも託したいのかしら。いいわ、話だけは聞いてあげる。」
あくまでも彼女の話を聞くだけ。
ノウァが鎌を持つ手を少しだけ緩めると、オリフィアは抵抗する素振りもなく静かに語りはじめた。
「……そんな馬鹿な事、本気でやるつもりなの?」
話を聞き終えたノウァは、半ば呆れたような表情でオリフィアの目を見詰めた。
彼女の目的は衝撃的ではあったが、ノウァの理念に沿った行動でもあり、ただただ困惑するしかなかった。
「ええ、その為にノウァにもお手伝いして欲しいの。」
首に突きつけられた鎌を振りほどく事もなく、オリフィアはノウァの手に自分の手を重ねた。
「私があなたに手を貸す謂れがないわ。」
彼女の金色の目に見つめ返されると、動揺を見透かされているような気持ちになって、ノウァは視線を逸らすと首を横に振った。
「あなたと私はお友達でしょう?」
オリフィアの言葉で、頭の隅に追いやった不可解な感情がまた湧き上がってくるのをノウァは感じた。
眼の前に居るオリフィアとは少し違う、懐かしいような彼女が微笑む温もりすら感じられるイメージ。
少女の頃に読んだ絵本のヒロインだった王女、オリフィアに対する自分の憧れが蘇ってしまったのだろうか。
既視感のように曖昧なものにも関わらず、彼女に執着してしまう自分の感情に、ノウァは焦燥感すら覚え始めた。
「……そうね。お友達ごっこに、もう少しだけ付き合って上げてもいいわ。」
ノウァは突きつけた鎌を降ろすと、ため息を一つ吐いた。
もしかしたら、過去に記憶を失った時のように、オリフィアに対して何かを忘れているのかもしれない。
呼び起こされる記憶の欠片の正体を知るためにも、もう少しオリフィアと一緒に行動した方が良いとノウァは自分に言い聞かせることにした。
「ノウァは、一言余計なんですよ。もう少し素直になったらどうですか?」
服の埃を払って立ち上がったオリフィアは、目を細めて笑みを浮かべた。
「それこそ、余計なお世話よ……首、少しは痛むでしょ。治してあげるからこっち来なさい。」
ノウァはオリフィアの手を引くと、少し強引に身体を引き寄せた。
鬱蒼と茂った木々の道無き道を、二人の少女が木漏れ日を頼りに歩いていた。
紺色の髪に紫の目をした少女は、森の少し開けた場所を見つけると、一緒に歩いていたもう一人の藤色の髪の少女に話しかけた。
「オリフィアさん、霧も出てきたようですので、少しここで休憩しませんか?」
オリフィアと呼ばれた少女は頷くと、リュックを降ろして一息ついた。
「ノウァ様が一緒に居て下さって心強いです。お兄様も出掛けてしまっているので、独りになってしまう所でしたから。」
足元には既に靄がかかり始め、時間が経てばさらに視界が悪くなることは明白だった。
薄暗い森は、二人だけを世界から隔絶したように錯覚するほど静寂に支配されていた。
うさぎの耳の生えた少女、マグノリアが居なくなってからのオリフィアは、気丈には振舞っているものの、ノウァにはどこか寂しげにも見えた。
「……やるなら、今しかないわね。」
ノウァは腰掛けているオリフィアに近づくと、覆い被さるように背中から彼女の首に手を回した。
「……ノウァ様?」
突然の事にやや驚いたオリフィアは、ノウァの方に振り向こうとしたが、首元の冷たい刃物がそれを阻んだ。
漆黒の鎌の刃は、掠めただけでも首筋にはうっすらと赤い線が浮かび上がり、オリフィアが少しでも動けば首と胴体が離れてしまいそうだった。
「ごめんなさいね。あなたに恨みがある訳では無いのだけど。魔王なんてものが目覚めてしまうと厄介だから、消えて貰うわ。」
ノウァは、感情を押し殺したような抑揚のない声でオリフィアに囁いた。
「何の事でしょう……私はただの旅の女ですが……?」
身じろぎもせず、オリフィアは普段通りの落ち着いた声で返事を返した。
「今のあなたが人間でも魔王でも関係ないわ。私にとっての不穏分子には変わりないから。マグノリアさんがこっちの世界に来られたって事は、あなたもこちらの世界に干渉する手段があるって事でしょう?」
オリフィアが答えるのを待つことはなく、ノウァは首元に近づけた鎌の方に意識を集中させながら話を続けた。
「私がここに来た目的は、一緒に出口を探すふりをしてずっとあなた達を閉じ込めておく事だった。目的が果たせなくなりそうだから、根源を絶つわね。」
「ええ、ノウァ様……ノウァの目的は薄々分かっていました。」
「そう、なら話は早いわ。いたぶるような趣味はないから、一瞬で終わらせてあげる。マグノリアさんの方には元気でやってるって伝えておくから安心してね。友達として、約束は守ってあげるわ。」
ノウァが鎌に力を込めようとすると、オリフィアは明らかに場違いな穏やかな表情でくすりと笑った。
「私の首はいつでも取れるのでしょう?ノウァ……少し、お話を聞いていただけますか?」
首元に刃物を突きつけられても狼狽えない様子を見たノウァは、オリフィアが死ぬ事を覚悟しているのか、ただ虚勢を張っているだけなのかと考えたが、もう一つの選択肢である自分が彼女を殺すことができないというイメージが脳裏を掠めた。
それは、同じ眷属としての彼女に対する恐怖心や畏敬などではなく、憐れみでも罪悪感でもない、もっと温かい素朴な感情だった。
惑わず心を凍らせて、芽生えた不可解な感情をノウァは頭の隅に追いやった。
「あら、遺言でも託したいのかしら。いいわ、話だけは聞いてあげる。」
あくまでも彼女の話を聞くだけ。
ノウァが鎌を持つ手を少しだけ緩めると、オリフィアは抵抗する素振りもなく静かに語りはじめた。
「……そんな馬鹿な事、本気でやるつもりなの?」
話を聞き終えたノウァは、半ば呆れたような表情でオリフィアの目を見詰めた。
彼女の目的は衝撃的ではあったが、ノウァの理念に沿った行動でもあり、ただただ困惑するしかなかった。
「ええ、その為にノウァにもお手伝いして欲しいの。」
首に突きつけられた鎌を振りほどく事もなく、オリフィアはノウァの手に自分の手を重ねた。
「私があなたに手を貸す謂れがないわ。」
彼女の金色の目に見つめ返されると、動揺を見透かされているような気持ちになって、ノウァは視線を逸らすと首を横に振った。
「あなたと私はお友達でしょう?」
オリフィアの言葉で、頭の隅に追いやった不可解な感情がまた湧き上がってくるのをノウァは感じた。
眼の前に居るオリフィアとは少し違う、懐かしいような彼女が微笑む温もりすら感じられるイメージ。
少女の頃に読んだ絵本のヒロインだった王女、オリフィアに対する自分の憧れが蘇ってしまったのだろうか。
既視感のように曖昧なものにも関わらず、彼女に執着してしまう自分の感情に、ノウァは焦燥感すら覚え始めた。
「……そうね。お友達ごっこに、もう少しだけ付き合って上げてもいいわ。」
ノウァは突きつけた鎌を降ろすと、ため息を一つ吐いた。
もしかしたら、過去に記憶を失った時のように、オリフィアに対して何かを忘れているのかもしれない。
呼び起こされる記憶の欠片の正体を知るためにも、もう少しオリフィアと一緒に行動した方が良いとノウァは自分に言い聞かせることにした。
「ノウァは、一言余計なんですよ。もう少し素直になったらどうですか?」
服の埃を払って立ち上がったオリフィアは、目を細めて笑みを浮かべた。
「それこそ、余計なお世話よ……首、少しは痛むでしょ。治してあげるからこっち来なさい。」
ノウァはオリフィアの手を引くと、少し強引に身体を引き寄せた。
精霊日記18日目
フィーのセツカの過去話
それは、土砂降り雨の寒い日の事。
水たまりを避けながら傘を差して、買い物の帰り道を歩いていると妙なものが目についた。
それは、道端のスミに落ちている黒い小さな塊で、よく見ると黒い毛玉のようなものだった。
「……なんだろう、これ。」
しゃがみこんで黒い毛玉に触れてみると、その塊はニャアと小さな声で鳴いた。
「これ、猫だ!?」
毛玉のような、おそらく大きさからいって子猫の体に触れると、雨に濡れて体力を奪われたのかとても冷たかった。
「えっ、ちょっ、死んじゃうの?待って、待って、待って!?」
私は慌てて子猫を抱え込むと、泊まっている宿に向かって全力で駆け出した。
自分も濡れてしまったが、まずは体温の下がった子猫の方が優先だ。
宿の部屋に戻った私は、タオルで濡れた体を拭くと部屋の暖気を入れることにした。
体が乾いてくると、子猫の体温も少しは上がってきたが、相変わらずぐったりとした様子は変わらなかった。
もしかすると、お腹が減っているのかもしれない。
ミルクを与えれば元気になるかもしれないと思い、私はまずはミルクを温めた。
「猫舌っていうぐらいだし、温かすぎてもダメだよね……人肌ぐらいかな。」
カップに入れたミルクに指を入れて温度を確認してから、先ずは指先を子猫の口元に近づけてみた。
子猫はミルクの臭いに反応したのか、指先をじゃりじゃりした舌でぺろぺろと舐めた。
「ちょっ、これ、擽ったすぎるんですけど!?」
代わりの哺乳瓶がある訳でもなく、スポイトも代用してみたが、なぜか飲んでくれなかったので、結局指伝いで子猫にミルクを飲ませるしかなかった。
指が逃げるのを、必死に抑えるように爪なども立てられたので、手からちょっと血が出て痛かった。
ミルクを飲んで満足したのか、子猫はニャアと元気な声を出すと、そのまま眠ってしまった。
「とりあえず元気にはなったのかな?首輪も付いてるみたいだし、飼い猫なんだよね……雨が止んだら、飼い主探しに行かないと。」
初めて見たのに、かわいらしいと感じる子猫を見ていると、そのまま飼ってしまいたい衝動にかられたが、飼い主も同じぐらい心配してるだろうと心を鬼にして、雨が止んだら飼い主を探しに行くことにした。
「フィー!無事か!?」
寝ている子猫と一緒にベットで微睡んでいた私は、突然ドアが開いて雪火が飛び込んできたので飛び起きた。
「ちょっと!いきなり入って何なの!?子猫もビックリして起きちゃったでしょ!雪火の無頓着!」
私は近くにあった枕を、力いっぱい雪火に投げつけた。
「いてっ!フィーこそ何があったんだよ!?買い物袋と傘が道端に置きっぱなしだったから、事件に巻き込まれたのかと思ったじゃないか!」
枕を避けそこねて、不満そうな表情をした雪火は、私の置きっぱなしにしていった傘と買い物袋を持ってきてくれていた。
「あっ、ごめん……道端で弱ってる子猫拾っちゃったから、慌てて帰っちゃって。」
「……いくらなんでも慌てすぎ。猫の方は大丈夫なの?捨て猫?」
雪火が荷物と傘を置いて、私のベッドの方へ来ると、目を覚ました子猫を覗き込んだ。
子猫は私にすっかり懐いたようで、私の方へ体をすりすりしながら尻尾を揺らしてニャーと鳴いた。
「かわいいねー、あっ、でも首輪付いてるんだ。もしかして、飼い猫だったのかな?」
雪火が子猫を抱えようとすると、子猫は猛ダッシュで私の布団の中に逃げていった。
「……なんか雪火は猫に好かれてないんだね。あと、悪いんだけどまだ私着替えてないから、ちょっと部屋から出て貰っていい?折角荷物持ってきてくれて、悪いんだけど。」
「あっ、ごめん!非常事態だったから!?でも、無事でよかった、フィーも子猫も!」
雪火は慌てて取り繕うように両手を交差すると、速やかに部屋を出て行った。
雨上がりのあと、私と雪火は子猫の飼い主を探しに出かけた。
近くの公園で子猫を探している女の子を見つけたので、子猫を見せると女の子は喜んで私たちにお礼を言った。
「すぐに飼い主が見つかって良かったな。フィー……ん、どうかした?」
子猫と少女を見送る私の表情が寂しく見えたらしく、雪火は心配そうに私の方を見た。
「ううん、なんでもないわ……私も落ち着いたら、猫飼いたくなったかも。」
雪火は微笑むと、私の髪の毛を撫でようとしたので、私は猫じゃないと雪火の手を素早く払い除けた。
それは、土砂降り雨の寒い日の事。
水たまりを避けながら傘を差して、買い物の帰り道を歩いていると妙なものが目についた。
それは、道端のスミに落ちている黒い小さな塊で、よく見ると黒い毛玉のようなものだった。
「……なんだろう、これ。」
しゃがみこんで黒い毛玉に触れてみると、その塊はニャアと小さな声で鳴いた。
「これ、猫だ!?」
毛玉のような、おそらく大きさからいって子猫の体に触れると、雨に濡れて体力を奪われたのかとても冷たかった。
「えっ、ちょっ、死んじゃうの?待って、待って、待って!?」
私は慌てて子猫を抱え込むと、泊まっている宿に向かって全力で駆け出した。
自分も濡れてしまったが、まずは体温の下がった子猫の方が優先だ。
宿の部屋に戻った私は、タオルで濡れた体を拭くと部屋の暖気を入れることにした。
体が乾いてくると、子猫の体温も少しは上がってきたが、相変わらずぐったりとした様子は変わらなかった。
もしかすると、お腹が減っているのかもしれない。
ミルクを与えれば元気になるかもしれないと思い、私はまずはミルクを温めた。
「猫舌っていうぐらいだし、温かすぎてもダメだよね……人肌ぐらいかな。」
カップに入れたミルクに指を入れて温度を確認してから、先ずは指先を子猫の口元に近づけてみた。
子猫はミルクの臭いに反応したのか、指先をじゃりじゃりした舌でぺろぺろと舐めた。
「ちょっ、これ、擽ったすぎるんですけど!?」
代わりの哺乳瓶がある訳でもなく、スポイトも代用してみたが、なぜか飲んでくれなかったので、結局指伝いで子猫にミルクを飲ませるしかなかった。
指が逃げるのを、必死に抑えるように爪なども立てられたので、手からちょっと血が出て痛かった。
ミルクを飲んで満足したのか、子猫はニャアと元気な声を出すと、そのまま眠ってしまった。
「とりあえず元気にはなったのかな?首輪も付いてるみたいだし、飼い猫なんだよね……雨が止んだら、飼い主探しに行かないと。」
初めて見たのに、かわいらしいと感じる子猫を見ていると、そのまま飼ってしまいたい衝動にかられたが、飼い主も同じぐらい心配してるだろうと心を鬼にして、雨が止んだら飼い主を探しに行くことにした。
「フィー!無事か!?」
寝ている子猫と一緒にベットで微睡んでいた私は、突然ドアが開いて雪火が飛び込んできたので飛び起きた。
「ちょっと!いきなり入って何なの!?子猫もビックリして起きちゃったでしょ!雪火の無頓着!」
私は近くにあった枕を、力いっぱい雪火に投げつけた。
「いてっ!フィーこそ何があったんだよ!?買い物袋と傘が道端に置きっぱなしだったから、事件に巻き込まれたのかと思ったじゃないか!」
枕を避けそこねて、不満そうな表情をした雪火は、私の置きっぱなしにしていった傘と買い物袋を持ってきてくれていた。
「あっ、ごめん……道端で弱ってる子猫拾っちゃったから、慌てて帰っちゃって。」
「……いくらなんでも慌てすぎ。猫の方は大丈夫なの?捨て猫?」
雪火が荷物と傘を置いて、私のベッドの方へ来ると、目を覚ました子猫を覗き込んだ。
子猫は私にすっかり懐いたようで、私の方へ体をすりすりしながら尻尾を揺らしてニャーと鳴いた。
「かわいいねー、あっ、でも首輪付いてるんだ。もしかして、飼い猫だったのかな?」
雪火が子猫を抱えようとすると、子猫は猛ダッシュで私の布団の中に逃げていった。
「……なんか雪火は猫に好かれてないんだね。あと、悪いんだけどまだ私着替えてないから、ちょっと部屋から出て貰っていい?折角荷物持ってきてくれて、悪いんだけど。」
「あっ、ごめん!非常事態だったから!?でも、無事でよかった、フィーも子猫も!」
雪火は慌てて取り繕うように両手を交差すると、速やかに部屋を出て行った。
雨上がりのあと、私と雪火は子猫の飼い主を探しに出かけた。
近くの公園で子猫を探している女の子を見つけたので、子猫を見せると女の子は喜んで私たちにお礼を言った。
「すぐに飼い主が見つかって良かったな。フィー……ん、どうかした?」
子猫と少女を見送る私の表情が寂しく見えたらしく、雪火は心配そうに私の方を見た。
「ううん、なんでもないわ……私も落ち着いたら、猫飼いたくなったかも。」
雪火は微笑むと、私の髪の毛を撫でようとしたので、私は猫じゃないと雪火の手を素早く払い除けた。
精霊日記17日目
ー薔薇の王女と紫の魔女の話。
「……どうしてこうなったの」
オルタンシアは、城のテラスから庭先に集まった大勢の人達を眺めながら唖然とするしかなかった。
オリフィアが城に遊びに来て欲しいと言うので、城の内部の構造も把握しておきたかったオルタンシアは快く承諾した。
城に招待される以上、相応に着飾って城へはやってきたものの、国民総出で歓迎を受ける事になるとは微塵も予測していなかった。
「どうかなさいました?何か気分が優れませんか?」
清楚な白いドレスを纏った王女オリフィアは、庭に集まる人々を見て物怖じしているオルタンシアに不安そうな表情をした。
「いえ。このように盛大に招かれるとは思ってなかったので……驚きました。」
オルタンシアが強張った表情で微笑むと、オリフィアは胸を撫で下ろしたように爽やかな笑顔に戻った。
「あはー、オルタンシアさんが遊びに来てくださったので、みなさんに声を掛けさせていただきました。」
王女が一声掛けるだけで、国民総出で歓迎ムードになるヴィオレッド王国の平和さに脱力したオルタンシアであったが、国民全員に顔を知られる事で迂闊に動けなくなってしまった事を少しばかり後悔した。
「大げさな気はしますね。まぁ、私の歓迎というよりお祭りを楽しんでるようですが。」
オルタンシアが庭先を眺めると、端の方では出店のようなものが並んでいて人々が賑わっていた。
また、庭の中央では豚の丸焼きが振舞われているようで、香ばしい匂いが城内にも流れてきた。
「えっ、そんなことはないですよ?みなさん、オルタンシアさんにお会いできると楽しみにしていましたから。あ、今からご紹介しますね!」
オリフィアはオルタンシアの手を引くと、城のテラスから人々の集まる庭の広場まで降りていった。
「みなさん、私に注目してください!オルタンシアさんがいらっしゃいましたよ!」
オリフィアはオルタンシアと繋いでない方の手を大きく振ると、庭先にいる人々の視線が一気に彼女のもとへ集まった。
「おお、可愛らしいお嬢さんだ!オリフィア様と瓜二つで姉妹のようですね!」
「やったー、オリフィア様が増えたぞー!」
「まるで鏡の中から出てきたようですね、ファンタスティック!」
「あ、豚の丸焼き食べますか?」
次々に話しかける人々に、オルタンシアは緊張して満足に返事をできなかったが、隣にいるオリフィアは生き生きとした表情で、握手をしたり返事をしたりして周囲の人々を楽しませていた。
一通りの挨拶を終えて、テラスに戻ってきたオリフィアとオルタンシアは、歓迎の花火を眺めながらゆっくりと寛ぐことにした。
「王家の貴族と国民がこれ程仲が良い国は、私が旅して来た中でもここが初めてです。この国は、平和すぎますね。」
オルタンシアがやや皮肉を込めた言葉に、オリフィアは素直に喜んで頷いた。
「驚きましたか?みんな家族みたいに接してくれるんですよ。今日の花火もお食事も、みなさんがオリフィアさんのために有志で準備してくれたんです。」
「私ごときのために、勿体無いことです。それでも、今日は楽しく過ごせました。ありがとうございます。」
オルタンシアが礼をすると、二人を見守っていたオリフィアの兄、ユリシスが近づいて来た。
「礼には及ばない。こんな事ぐらいでいちいちお礼をされていたら、返ってこちらが気を使ってしまうよ。これからは一緒の家族なのだから。」
「え、何を言ってるんですか。ちょっと意味が分からないんですけど。」
ユリシスの言葉に唖然として口を開くオルタンシアに、オリフィアは目を輝かせて抱きついた。
「素敵ですね!オルタンシアさんも一緒にここに住みませんか!私も妹ができたみたいで嬉しいです!」
「ふふ、お父様とお母様からは許可は貰ってるんだ。もう部屋も用意してあるよ。オルタンシアが嫌じゃなければ、オリフィアと一緒に居てもらって欲しい。どうかな?」
ユリシスの言葉にオルタンシアは一瞬頷きかけたが、我に返ると首を横に振った。
「王族の方と一緒に暮らすなんて、恐れ多すぎます。第一、私はどこの誰なのかも分からない旅人です。そんなに信用される謂れがありません。」
オルタンシアの言葉に、オリフィアとユリシスは顔を合わせて首を傾げたが、直ぐに笑顔になってオルタンシアの方を向いた。
「誰って、君はオルタンシアじゃないか。オリフィアにそっくりないい子だ。それで十分だよ。」
「そうですよ。オルタンシアさんに出会えて、私もとても嬉しいんです。これからもずっと一緒に居てくださったら、もっと嬉しいです。」
二人のあまりの歓迎っぷりに、オルタンシアは自分に魅惑の魔法でもシュヴァルツが掛けておいたのかと不安になったが、二人が魔法に支配されているようではないので一先ず胸を撫で下ろした。
「いえ、身に余る光栄で恐縮です。これから、よろしくお願いします。」
魔王降臨の儀式の時まで、オリフィアの近くに居られる機会をわざわざ逃す事はない。
一ヶ月の間友達のフリをしているだけで自分の任務は達成できる。
そう考えるとオルタンシアは気が楽になったが、それと同時にこの二人にはあまり深入りはしてはいけないと自分の心を戒めるのだった。
「……どうしてこうなったの」
オルタンシアは、城のテラスから庭先に集まった大勢の人達を眺めながら唖然とするしかなかった。
オリフィアが城に遊びに来て欲しいと言うので、城の内部の構造も把握しておきたかったオルタンシアは快く承諾した。
城に招待される以上、相応に着飾って城へはやってきたものの、国民総出で歓迎を受ける事になるとは微塵も予測していなかった。
「どうかなさいました?何か気分が優れませんか?」
清楚な白いドレスを纏った王女オリフィアは、庭に集まる人々を見て物怖じしているオルタンシアに不安そうな表情をした。
「いえ。このように盛大に招かれるとは思ってなかったので……驚きました。」
オルタンシアが強張った表情で微笑むと、オリフィアは胸を撫で下ろしたように爽やかな笑顔に戻った。
「あはー、オルタンシアさんが遊びに来てくださったので、みなさんに声を掛けさせていただきました。」
王女が一声掛けるだけで、国民総出で歓迎ムードになるヴィオレッド王国の平和さに脱力したオルタンシアであったが、国民全員に顔を知られる事で迂闊に動けなくなってしまった事を少しばかり後悔した。
「大げさな気はしますね。まぁ、私の歓迎というよりお祭りを楽しんでるようですが。」
オルタンシアが庭先を眺めると、端の方では出店のようなものが並んでいて人々が賑わっていた。
また、庭の中央では豚の丸焼きが振舞われているようで、香ばしい匂いが城内にも流れてきた。
「えっ、そんなことはないですよ?みなさん、オルタンシアさんにお会いできると楽しみにしていましたから。あ、今からご紹介しますね!」
オリフィアはオルタンシアの手を引くと、城のテラスから人々の集まる庭の広場まで降りていった。
「みなさん、私に注目してください!オルタンシアさんがいらっしゃいましたよ!」
オリフィアはオルタンシアと繋いでない方の手を大きく振ると、庭先にいる人々の視線が一気に彼女のもとへ集まった。
「おお、可愛らしいお嬢さんだ!オリフィア様と瓜二つで姉妹のようですね!」
「やったー、オリフィア様が増えたぞー!」
「まるで鏡の中から出てきたようですね、ファンタスティック!」
「あ、豚の丸焼き食べますか?」
次々に話しかける人々に、オルタンシアは緊張して満足に返事をできなかったが、隣にいるオリフィアは生き生きとした表情で、握手をしたり返事をしたりして周囲の人々を楽しませていた。
一通りの挨拶を終えて、テラスに戻ってきたオリフィアとオルタンシアは、歓迎の花火を眺めながらゆっくりと寛ぐことにした。
「王家の貴族と国民がこれ程仲が良い国は、私が旅して来た中でもここが初めてです。この国は、平和すぎますね。」
オルタンシアがやや皮肉を込めた言葉に、オリフィアは素直に喜んで頷いた。
「驚きましたか?みんな家族みたいに接してくれるんですよ。今日の花火もお食事も、みなさんがオリフィアさんのために有志で準備してくれたんです。」
「私ごときのために、勿体無いことです。それでも、今日は楽しく過ごせました。ありがとうございます。」
オルタンシアが礼をすると、二人を見守っていたオリフィアの兄、ユリシスが近づいて来た。
「礼には及ばない。こんな事ぐらいでいちいちお礼をされていたら、返ってこちらが気を使ってしまうよ。これからは一緒の家族なのだから。」
「え、何を言ってるんですか。ちょっと意味が分からないんですけど。」
ユリシスの言葉に唖然として口を開くオルタンシアに、オリフィアは目を輝かせて抱きついた。
「素敵ですね!オルタンシアさんも一緒にここに住みませんか!私も妹ができたみたいで嬉しいです!」
「ふふ、お父様とお母様からは許可は貰ってるんだ。もう部屋も用意してあるよ。オルタンシアが嫌じゃなければ、オリフィアと一緒に居てもらって欲しい。どうかな?」
ユリシスの言葉にオルタンシアは一瞬頷きかけたが、我に返ると首を横に振った。
「王族の方と一緒に暮らすなんて、恐れ多すぎます。第一、私はどこの誰なのかも分からない旅人です。そんなに信用される謂れがありません。」
オルタンシアの言葉に、オリフィアとユリシスは顔を合わせて首を傾げたが、直ぐに笑顔になってオルタンシアの方を向いた。
「誰って、君はオルタンシアじゃないか。オリフィアにそっくりないい子だ。それで十分だよ。」
「そうですよ。オルタンシアさんに出会えて、私もとても嬉しいんです。これからもずっと一緒に居てくださったら、もっと嬉しいです。」
二人のあまりの歓迎っぷりに、オルタンシアは自分に魅惑の魔法でもシュヴァルツが掛けておいたのかと不安になったが、二人が魔法に支配されているようではないので一先ず胸を撫で下ろした。
「いえ、身に余る光栄で恐縮です。これから、よろしくお願いします。」
魔王降臨の儀式の時まで、オリフィアの近くに居られる機会をわざわざ逃す事はない。
一ヶ月の間友達のフリをしているだけで自分の任務は達成できる。
そう考えるとオルタンシアは気が楽になったが、それと同時にこの二人にはあまり深入りはしてはいけないと自分の心を戒めるのだった。