2017-04

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精霊日記4日目

ー遅れてきたサマーバケーション後編

 夜。
 浴衣に着替えたヒスカやエキュパーシュ達と共に、雪火も浴衣に着替えて再び海岸にやってきた。
 ヒスカと花火の約束をしていた筈のフィーが来ていないか周囲を見回してみたが、来ているのはオリフラムだけで、フィーの姿は見当たらなかった。

「お、どうした。雪火?浮かない顔して。せっかくの花火なんだから、楽しくやろうよ。スイカ割りもやるみたいだしさ。」

 淡雪と一緒なので、機嫌のいいオリフラムにバシバシと肩を叩かれ、雪火は力なく笑うと目を逸らした。

「ははは……今は、そういう気分じゃなくて。師匠、フィーとは一緒に来たんじゃないんですか?」

 さり気なくフィーの動向を探ろうと訪ねた雪火だったが、表情に現れていたようでオリフラムはニヤリと笑うと、雪火の肩を引き寄せた。

「なんだ、雪火。フィーの事が気になるのかい?もしかして、昼間何かあった?」

「な、何にもないです!それより師匠、母さんがバケツの水汲みに行ってますよ、手伝ってあげないと。」

「おお、淡雪に重いものを持たせるわけにはいかないな!すぐ行く!フィーは後で来るって言ってたけど、気まぐれな奴だからアテにしないほうがいいよ、んじゃ!」

 颯爽と淡雪のあとを追いかけてゆくオリフラムに手を振り、雪火はヒスカ達と少し離れた海沿いの岩場のほうへとフラフラと歩いて行った。

「はぁ……何であんな事になったんだろ。」

 波の見える岩場に一人しゃがみ込むと、雪火は水面に揺れる月をただ眺めていた。
 フィーがどうしてあんな事を口走ったのか、雪火はいろいろ考えてみたが答えは見つからなかった。
 話を聞こうとしないフィーに思わず怒鳴ってしまった事や、手を上げてしまったことに今更ながらに後悔の念が募ってきた。

「謝ったほうがいいよな……やっぱ。」

 理由はどうであれ、女の子に手を上げたことに変わりはない。
 殴り合っても全然気にしないオリフラム師匠と顔は似てるけど、もっと繊細な相手なのだ。
 フィーを探すにしても探す宛も無く、情報源なはずの師匠はフィーをそっち除けで、雪火の母親の淡雪にべったりで話にもならなかった。
 それから、何処からともなく親父の焔がやってきて、師匠をぶっ飛ばすまでが一連のコントだった。

「はぁ……フィー。どこに居るんだよ。」

 波間に漂う月と夜空に輝く月は、オリフィエルとフィーの関係のように雪火は思えた。
 フィーは、オリフィエルの姿を水面に映した月のような存在。
 だが、水面の月に触れることはできないが、フィーには触れることができるし話すことだってできる。
 明らかにオリフィエルとは違う個性をもつフィーに、好意をもって何がいけないのか。
 雪火の問いに答えてくれるものは、ここには居ない。
 フィーと喧嘩別れした心の痛みだけが、雪火の胸を締めつけていた。

「……となり、空いてる?」

 急に声がしたので雪火が見上げると、花柄に紺色の浴衣姿に着替えたフィーがすぐ傍に立っていた。

「フィー……あ、うん。空いてる。」

 雪火の返事で、フィーは黙って隣に座ると、雪火が見ていたように水面の月を眺めはじめた。

「あ、あのさ!さっきは……」

 雪火がフィーの方を向いて話しかけようとすると、フィーは冷やかな視線で雪火を睨み返した。

「なんで謝るの?別に謝るようなことしてないでしょ?謝るんなら、やらなきゃいいじゃない。」
「いや、そうだけど……そうじゃなくて!」

 雪火が立ち上がろうとすると、フィーは雪火の腕を引っ張って強引に隣へと座り込ませた。

「謝られたら、私が謝れないでしょ。ちょっと、座ってて。」

「えっ……あ、うん。」

 フィーの様子を伺いながら、雪火はおとなしく隣で海辺を眺めることにした。

「叩かれたときは、反射的に叩き返したけど、雪火の言うとおりだと思った。図星だったから余計苛立ったのかもしれない。」

 雪火は何かフィーに声を掛けるべきか迷ったが、珍しくフィーが饒舌なので暫く黙って彼女の話を聞くことにした。

「誰も私の事なんて見ていないと思ってた。私もオリフィの分身でしかないって、自分に言い聞かせるのが正しいものだとも思ってたわ。」

 フィー肩が雪火の身体に寄りかかるように触れたので、雪火は彼女を支えるように肩へと手を添えた。

「でも……本当に、私はただの出来損ないのオリフィの分身かもしれない。それでも、私のこと見ていてくれるの?」

 フィーの視線に気づき、雪火もフィーを見つめ返す。
 水着姿も色っぽかったが、髪の毛をアップにして細い首筋から見えるうなじがとても色っぽく見えた。
 
「当たり前だろ。何度も言うけど、俺はオリフィじゃなくて、フィーが好きなんだ。」

 またフィーに逃げられてしまいそうな気がして、雪火の肩に触れる手には無意識に力がこもっていた。 

「ちょっと!あんまり好き好きって言わないで!どう反応していいか分からないでしょ!」

 フィーが不意に立ち上がろうとするので、雪火は思わずフィーの腕を引き寄せた。

「ごめん、でもフィーのこと、好きだから……って、うわ!?」

 怒ったように睨みつけながら、引き寄せた反動で雪火の方へとフィーが突進した。
 同じような展開で、フィーに昼間に引っぱたかれた記憶が蘇り、雪火は思わず目を瞑って衝撃に身構えた。
 だが、その衝撃はやってこなかった。

「あ、れ?」

 雪火が恐る恐る目を開けると、逆に目を閉じたフィーの唇が雪火の唇にそっと触れた。
 思いがけない出来事に、雪火は思わずフィーを掴む手を緩めてしまった。
 ゆっくりと身体を起こしたフィーは、頬を紅く染めながら袖で口元を隠した。

「……ごめんなさいと、ありがとう。」

 フィーは雪火にそう言うと、小走りに雪火から離れていった。

「ちょ、ちょっと!?待てよ、フィー!」

 雪火が慌てて立ち上がって呼び止めると、フィーは振り返らずに足を止めて雪火に言った。

「今、一緒に花火に行ったら、顔が赤いのバレちゃうでしょ!先に行ってるね……待ってるから。」

「ああ、師匠やヒスカにひやかされちゃうよな。俺も、落ち着いてから合流するよ。」

 夢見心地でフィーの後ろ姿を手を振りながら見送ったあと、雪火は頬を両手でパシパシと叩いて気合を入れ直した。

 「夢じゃない……よな。」

 口元を指でなぞり、フィーの柔らかい唇の感触を思い出すと、雪火の頬は緩みに緩みまくってしまった。

 
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精霊日記3日目

 ※今回のネタはレイヤ・センドウさん(E‐No.655)のサブキャラ、セツカさんに関する話です。
 フィーは昔の自分の使用キャラですが、現在ではNPC気味な扱いとなっています。
 もう秋だというのに、サマーバケーション的ななにか。


 澄み渡る青い空、燦々と煌く眩しい太陽と海。
 ニフルハイム伯爵領にも海はあるが、ほとんどの季節が氷に覆われ、氷が溶けたとしても潮の流れが早く、海で泳ぐ者はいなかった。
 海水浴というものを初めて目にするフィーは、どの様に遊んで良いかも分からず、ビーチパラソルの下でアイスキャンディーを食べながら、周りの人の海水浴を憂鬱そうに眺めていた。 
 オリフィエルも、テーセウスに誘われて一緒に海水浴に来ている筈だが、これだけの人混み中を探して合流する程の気力がフィーにはなかった。
 一応、海には入れるように水着は持ってきたものの、斬琉乃に無理やり付き合わされて来たので、はしゃぎたい気持ちも湧いてこない。
 薄手のTシャツを羽織ったままフィーは、自分を置いて真っ先に海へと飛び出していった、変態ナルシスト野郎の斬琉乃(キルノ)が、泳ぎ疲れて戻ってくるのをただ待つだけだった。

「連れてくるだけ連れてきて、放置プレイとはさすが斬琉乃ね。私……何を期待してたのかしら。」

 アイスキャンディーを食べ終えたフィーは、暇つぶしに持ってきた小説を荷物から取り出して、読書にでも耽る事にした。
 夜にはヒスカ達から花火に誘われてはいたが、それも夜まで用事があって行けない、オリフィエルの分の穴埋め的立場なのは否めない。
 元々、自分は鏡の魔女のオリフィエルの分身なのだから、都合のいい代替え的立場に腹を立てることがおかしいのだが、理屈では理解していても感情の方では素直に受け止めることができず、己の狭量さに自己嫌悪するしかなかった。
 鏡面世界で呼び出された者は、術者と同じ性質を持つ。
 それなのに、オリフィエルが呼び出した鏡の分身の筈のフィーは、オリフィエルとはかなり異なる性格なため、オリフィと呼ばれるオリフィエルと区別して、周囲からフィーと呼ばれるようになった。
 
「それもこれも、オリフィの魔法の使い方が未熟なのがいけないのよ。」

 フィーがため息をついて、栞の挟んだページを開こうとすると、背後から伸びてきた影が小説を取り上げた。
 少し呆気にとられてフィーが影の主を見上げると、翠色の目に赤髪の青年、雪火が微笑を浮かべてこちらの反応を楽しんでるようだった。

「やぁ。せっかく海に来たのに読書?もっと楽しい事しようよ、泳ぎに行くとか。」
 
 雪火はオリフィエルの友人の女の子、ヒスカと共に冒険をしている青年で、オリフィエルの従姉にあたるオリフラムから戦闘技術を学んでいる。
 雪火とオリフィエルとの仲はよく知らないが、分身の身である自分に親しく微笑みかける位なのだから、それなりに仲は良いのだろうとフィーは思った。

「あら、ご心配ありがとう。でも、あの芋洗い場みたいな騒がしい場所は肌に合わないの。ここで読書でもして、ツレを待ってる方がまだ気が楽だわ。本、返してくださる?」

 フィーに素直に本を返したあと、雪火は誰かを探すように周囲を見回してみた。

「……で。そのツレさんは、フィーを待たせっぱなしにして、何してる訳?ジュースか焼きそばでも買いに行ってるの?」
「斬琉乃がそんな気の利く相手だったら、こんな所で読書なんかしてないわ。多分、今頃海で楽しく泳いでるんじゃない?私を荷物持ちにして。」

 雪火とはオリフィエルの紹介で顔見せに会った程度で、彼に愚痴をこぼす程の仲ではなかったが、フィーは夏の暑さのせいもあってか、不満そうな態度をあらわにして溜息をついた。

「それだったら、フィーも泳ぎに行けばいいじゃないか。荷物は俺が見てるからさ。せっかく海に来たんだから、少し遊んできなよ。」
「えっ!いや……私は海に来たのが初めてだし、泳げるかどうかも怪しいから遠慮するわ。」
 
 雪火はフィーのうろたえる表情に一瞬きょとんとしたが、勝手に納得したようで頷きながらフィート腕を引いた。

「何だ。最初から海に来るのは初めてだから、泳ぎを教えてって言ってくれればいいのに。荷物は一緒に持っていけば盗まれないよ。斬琉乃さんだってすぐ帰ってこないだろ。浅めなところなら溺れないしさ、行こ行こ!」
「ちょ、ちょっと!誰も泳ぎ教えてくれなんて言ってないでしょ!何でそういう話になってるの!?って、そんなに引っ張るなぁああああ!」

 着替えの荷物を持った雪火に引き連れられながら、フィーは抵抗も虚しく海の浅瀬へとやって来た。

「まずは身体を浮かすことに慣れる事かな。水より塩水の方が浮きやすいから、力を抜けば自然に浮いてくるはずだよ。手は持っててあげるから、身体を伸ばしてみてよ。」
「ええと、こういう感じ?本当に沈まない?手を離したら、冗談でも怒るわよ?」
「そんな事したら、後で俺がオリフィに怒られちゃうじゃないか。フィーをいじめたって。まだ力抜けてないんじゃない?手に力入ってるよ。」

 オリフィエルがまるで自分の保護者のように聞こえたので、フィーはオリフィエルの都合のいい代替え的立場を再び思い出し、行き場のない憤りが再び込み上がってくるのを感じた。
 雪火の泳ぎの指導も、結局はオリフィエルの為にしてる事だと考えると、煩わしくさえ思えるようになった。 

「……うるさいわね。そもそもこんな事、私は頼んでないわ。なんで私に構うのよ。放っておいてよ。」
 
 フィーは身体を伸ばすのをやめ、浅瀬で膝立ちすると、雪火の握る手を強引に振りほどこうとした。
 だが、雪火はフィーの手を掴んだまま、困ったような表情でフィーを見詰めた。

「それは……フィーのことが好きだからじゃないか。放ってなんておけないよ。」
「え、どういう事なの?」

 一瞬呆気にとられていたフィーだったが、燻っていた鬱憤のような感情が、雪火の一言で抑えきれないほどに込み上げてきた。

「雪火が好きなのは私じゃなくて、オリフィでしょう?オリフィが自分のものにならないから、代りに私?そうよね、私はそういう立場ですものね。」

 自虐的に微笑むフィーに、雪火は戸惑って彼女の肩を揺すった。

「違う、何言ってんだよ!俺はオリフィの事じゃなくてフィーのことが好きなんだ!勝手に勘違いするなよ!?」

 勘違いしてるのは雪火の方だ。
 自分は歪なかたちで具現化されたオリフィエルの鏡像にすぎない。
 ピグマリオンの物語をふと思い出しながら、フィーは小悪魔的な微笑みを浮かべて雪火を誂うように囁いた。
 

「私のこと?笑わせないで。私はオリフィの分身でしかないわ。そんなに私の事を好きにしたいなら、オリフィにお願いしなさいよ……フィーを好きなようにさせてくださいって、ね?」
 
 ―パシン。
 頬に伝わる衝撃。
 フィーの微笑みは止まり、何が起こったのか分からないような表情で呆けてしまった。
 それは雪火が自分を叩いた事だと痛みで気づき、自分の頬が熱くなってくるのを感じた。

「ふざけんな、お前に言ってんだよ!勝手にオリフィの所為にして捨て鉢になってんじゃねぇ!」

 雪火に叩かれた頬を摩りながら、フィーは俯いたまま何も答えなかった。

「って、悪りぃ。熱くなりすぎた。オリフィの事は関係ないって言いたかったんだ。俺はフィーの事を……あ。」

 不意に顔を上げたフィーは、雪火を毅然とした表情で睨みつけた。
 声をかけようとした雪火の頬を、フィーは返事の代わりに思いっきり引っぱたくと、着替えの荷物を置きっぱなしにして走り去ってしまった。

「ちょっと、フィー!待て!どこ行くんだよ!?」

 すぐさま、着替えの荷物持って追いかけた雪火だったが、人ごみに紛れたフィーを見失ってしまい、仕方なくビーチパラソルのあった場所まで戻ることにした。
 フィーはビーチパラソルに戻った形跡もなく、着替えを持ったまま途方にくれて溜息を吐いた。
 空気を読まずに泳ぎ終わった斬琉乃が、大満足な表情で帰ってきた。

「ふぅ、久々に海を堪能したな。あれ、分身の魔女いのはどこに行った?」

 フィーの事を変なあだ名で呼ぶ斬琉乃に、雪火は着替えの入った荷物を手渡しした。

「多分、先に帰ったんだと思います。あとこれ、着替えです。フィーの着替えも入ってますから。」
「お、おう……で、何でお前がここにいるんだ?」

 斬琉乃の質問に答えることなく、雪火は頬を摩りながら項垂れて海水浴場を後にした。


 ー多分後半に続く。

精霊日記2日目

「ウルドって人は私以外には居ないみたいだから、アカデミーの特別卒業試験で私が召喚魔法を使わなければいいんだね。良かった……願いは上手く叶いそう。」

 夜の寮の一室で、リラックスしながら黒うさぎの縫いぐるみのフォルテに話しかける。
 元のウルドは誰だったのか?という新たな疑問もあったけど、他の世界を知る術がないので悩むのをやめることにした。

「うん。ウルドが過去の深雪を呼びださなければ、結果的に元の世界に戻ることが出来るよ。呼び出されなかった深雪は。」
「えーっ、結果的って言い方は引っ掛かるんだけど。私が私を呼ばないっていうのも違和感あるけど、ウルドの魔法を阻止するのが私の役目だったんでしょ。」

 フォルテの言いかたに、私は不満そうな表情で抗議した。

「そうだね。でも僕もこっちに来て知った事だけど、ウルドは君なんだよ?過去の深雪がこの世界に呼ばれなくても、ウルドとしての君は残る。そして、深雪の現れない世界は、君の知ってる未来とは繋がらない。でも、過去の深雪は結果的に元の世界に戻った事になる。ノウァの言ってたことは、そういう事だったんだよ。」

「えっ、何それ……今一緒にいるサクラと、私がセルフォリーフで会ったサクラお姉ちゃんは別人だって事?ノウァも、ウサギ先生も違う人になっちゃうの?」
「そりゃそうだよ、誰も深雪の事なんて知らないんだから。あと、未来が変わったらすべてが深雪の都合のいい方に進むとは思わないほうがいいよ。竃馬に蹴られてサクラは怪我を負わないかもしれないけど、違う要因で怪我をしたり死ぬことだってある。勿論それは、サクラ以外にも言えることだけどね。」

「そんな……それじゃ、私は何のために……。」

 何のために私は過去に来たのだろう。
 元の世界に帰るためにこれまでしてきた努力は、自分ではない並列世界の深雪の為にしてきた事になって、願いを叶えるはずだった私は誰にも知られる事なくウルドとしてこの世界で暮らすことになる。
 アカデミーで出会ったサクラは、私の知ってる過去のサクラお姉ちゃんの筈なのに、私が過去を変えることによって佐藤深雪を知らない世界のサクラお姉ちゃんになってしまう。
 もちろん、サクラお姉ちゃんだけではない。
 私がこの世界に呼ばれて出会った人達は、みんな私の事を知らない並列世界の人になってしまうという事だ。
 不意に襲いかかる喪失感に涙があふれるのを堪え、私は必死に問題の解決の糸口を模索した。
 
 絶望するにはまだ早い。
 私が12歳の深雪をこの世界に呼ばない事で世界が変わってしまうのなら、過去に起こった出来事を私がなぞって行けば、元の世界へと未来は繋がるのではないか。
 現にアカデミーで出会ったサクラは、今の時点では間違いなく私の知っているサクラお姉ちゃんだった。
 少なくとも今は、私の知っている元の世界と繋がっているという確信。 
 今いる過去の私と未来の私を元の世界に繋ぐ糸が、まるで予言者になったかのように見えた気がした。

「分かった……私、過去の私をセルフォリーフに呼ぶ。」
「え、それだと深雪が変えたかった過去と同じになっちゃうんじゃない?またサクラが大怪我するのを見過ごすってこと?」
「うん。そうなっちゃうけど、私の知ってたサクラお姉ちゃんとの約束を守るには、それしか方法がないから。」

 既に私の知ってる出来事とはいえ、またサクラお姉ちゃんが未来で酷い傷を負う事になる。
 血塗れで私に笑顔を向けていたサクラお姉ちゃんと今のサクラの笑顔が重なると、決意が揺らいで胸の痛みに圧し潰されそうになった。

「でも、君の願いは元の世界に帰ることだったんじゃないの。セルフォリーフに深雪を呼んだら、結局元通りじゃないか。」

 結局元通り。
 フォルテの否定的な言葉は、逆に私の決意を固める後押しの言葉になった。

「そうだよ、私の願いは元の世界に帰ること。サクラお姉ちゃんの居たあの場所に帰るの!あの時の私は何も出来なかったけど、今の私ならサクラお姉ちゃんの力になれる!」

 この世界で私が学んできたことすべてが、元の世界の未来に繋がる希望だと思うと、さっきまでの虚無感が嘘のようにやる気が漲ってきた。

「君が日本に帰りたいって泣いてたのが嘘みたいだよ。分かった。ウルドが深雪のいた場所に戻るのなら、僕も最後まで案内人になれるからね。協力するよ。」
「ありがとう、ふぉるて!だから大好き!」

 ベッドの上に置いてあったフォルテに、私は勢い良く飛び込んで抱きしめた。


 ―運命の日。
 候補生の一人に残った私は、最終選考の課題において「異世界から来た者を元の世界に帰す魔法」に失敗して選考から落ちた。
 異世界から呼び出した12歳の深雪は、フォルテの座標把握能力のおかげでうさぎ先生の元に無事届けることができた。

「あの魔法はお父さんが、蓮くんを間違って呼び出した時の魔法だな、懐かしい。課題を『異世界にいる人を召喚する魔法』にしておけば満点だったのに、惜しかったな。」

 試験に落ちた所を見ていたエキュパーシュ様が励ましてくれた時、私は照れ笑いしながら頷くしかなかった。
 それから数カ月後、特別卒業試験の課題に解決の糸口がなかなか見つからない事もあり、アカデミーでは改めて特別卒業追試験が行われる事となった。
 私はその選考に選ばれ、今度は意図的に失敗することもなく合格を果たした。
 一足先にセルフォリーフへ旅だったレイヤ先生とサクラ。護衛の騎士団副隊長のセツカと合流するようにと、王宮に呼ばれた私はヒスカ王女からの勅命をいただいた。
 
「思えば5年も、あっという間だったね。ウルドも大変だったでしょ、深雪呼んでからは記憶がリンクしちゃったんじゃない?僕はいつもあんな感じだから慣れてるけど。」

 部屋で旅の支度を整える私に、ウサギの耳を生やした黒髪の少女がベッドに転がりながら話し掛けた。
 記憶の共有という言葉をよくフォルテからは聞いてはいたが、デジャヴのような感覚がそれだと気がついたのは今更ながらの事だった。
 過去に黒うさぎのフォルテが飛んでも、白うさぎのフォルテは過去に行く前の世界に居て、同じ記憶を持っているらしい。
 フォルテの感覚で行くと、過去も未来も今も本のページのように好きな時にいつでも読むことができるものなのかもしれない。 
 そんな時系列が狂った感覚で、よく精神が不安定にならないなとフォルテに感心するのだった。 

「うん……昔の記憶と今の記憶がごっちゃになって、宙に浮いた感じだったかな。でもこれで、サクラ達にまた会えるんだね。」
 
 レイヤ先生やセツカ兄ぃの事を思い出すとともに、無愛想だったユカラがどんな顔をするのか楽しみだった。
 ノウァやウサギ先生の事も気になるし、ナナお姉ちゃんやリアーナお姉ちゃん達にも会える事が嬉しい。
 お菓子なキャンディさんや、磯臭いクラゲなブレインが相変わらずなのかも気になった。

「はしゃぐのはいいけど、これから先の未来はもう読めないんだから、あまり無茶しないでよね。」

 ウサギ耳を生やした少女、フォルテはベッドから起き上がると、私の荷造りを手伝ってくれた。

「未来なんて見えないほうが楽しいじゃん。決められた事を決められた通りに実行するほうが、よっぽど疲れるよ。ふぉるて、そろそろ戻ってくれないと、私が持っていけないでしょ。」
 
 フォルテはハァイと軽い返事をして、元のうさぎの縫いぐるみになった。
 フォルテは人の姿で動けるようになってからは、私のフォローをすすんでしてくれるようになった。
 ウサギの縫いぐるみのフォルテを、人の姿に変身できるようにしたのは、私がアカデミーで学んだ魔法の成果の一つだった。
 旅立ちの準備を整えた私は、お世話になったエキュパーシュ様に挨拶をした後、転送用魔法陣を使ってサクラのいる世界へと向かった。

 辿り着いたのはとある街。
 私が異送鏡を使って過去へ遡った時と、当たり前だが街の風景はまったく変わっていなかった。
 甦る想い出に想い出に胸が一杯になりながら、私はサクラ達の泊まっていた宿を目指す。
 宿の下にある酒場の近くにまでやってくると、聞き覚えのある声が喧騒の中から聞こえてきた。

 早くサクラに会いたい。

 私は逸る気持ちを抑えきれずに、酒場の中へと駆け込んだ。
 入口の扉を勢い良く開けると、レイヤ先生やセツカ兄ぃと一緒にいるサクラの姿が見えた。

「あれ、ウルド?どうして、ここにいるの?」

 呆気にとられたような表情で、サクラが私の顔を見た。

「卒業追加試験があって、合格したんだよ。また一緒だね!」
 
 私は再会の喜びに感情を抑えきれなくなって、サクラに向かって飛び込んだ。

「そうなんだぁ、おめでとう。嬉しいけど、ちょっと大袈裟じゃない?」
 
 歓喜余って嬉し泣きしまった私に、サクラは吃驚したように目を丸くした。
 そんなサクラの様子を気にすること無く、私はサクラの存在を確認するかのように強く抱きしめた。

「やっと、やっと戻ってこれたよ……ただいま、サクラお姉ちゃん。」

 甘えるようにサクラの柔らかい身体に顔を埋めて、思う存分私は泣いた。
 5年の歳月を経て、私はサクラお姉ちゃんの居るもと世界に戻ることができた。
 そして、この世界に置いてきた12歳の私にやっと逢えたのだ。

 
 ※E-No.655(サクラ・エゾヤマ)の日記に続きます。

表日記18日目(精霊日記-2日目)

 竃馬はセツカや道産子、そしてユカラの活躍により無事に撃退することができた。
 あの後サクラは、レイヤ先生やユカラ達に運ばれて、一足先に街に戻っていた。
 うさぎの縫いぐるみのFPは、竃馬の亡骸を片付けていた村人の一人が、深雪の元へと届けてくれた。
 ウサギの着ぐるみを着たファーヴニールは、鈴梅と名乗る和服の少女と暫く話をしていたが、深雪が広場で佇んでいるのを見つけると、彼女との話を切り上げて深雪の方へ声をかけた。
 
「依頼の方は片付いたし、帰るとしよう。サクラ達は先に街へ戻ったようだな。」

 ファーヴニールの言葉に、深雪は上の空な様子でうんと頷いた。

「む……深雪がここで落ち込んでいても、サクラが良くなるわけじゃない。失敗は誰にだってある。同じ過ちを二度繰り返さなければいいだけの話だ。サクラの様子を確認するためにも、一旦街へ戻るぞ。」

「違うんだよ。深雪ね、サクラお姉ちゃんが怪我するって、知ってた気がする……知ってた筈なのに、結局何も出来なかったんだよ。」

 ファーヴニールが深雪へ手を差し伸べると、拒否するように深雪はサクラの血が付いたままのFPを両手で抱えて肩を震わせた。
 深雪の態度に、ファーヴニールは首を傾げる仕草をしたが、思い出したかのようにポンと手を打つと、できるだけ優しく深雪の頭を撫でた。

「それはあれだ、デジャヴというやつだな。俺も経験したことはあるが、錯覚みたいなものらしい。本当に未来が分かったなら、深雪はサクラに怪我をさせたりはしないだろう。気が動転してるだけだ、あまり気に病むな。」

「違うよ!深雪は分かってたのに……ううん、やっぱいい。」

 深雪は、泣いて腫れた目でファーヴニールを見上げると、なにか言いかけて口を噤んだ。

「うむ。少し休めば落ち着くだろう。反省することはいい事だが、あまり自分を責めるな。そろそろ街に戻るぞ。」

 ファーヴニールが再び深雪の手を引くと、深雪は目を擦りながら再び啜り泣きはじめた。
 子供の対応などほぼ経験していないファーヴニールは、泣いてばかりいる深雪をどう宥めていいのか悩んだまま街まで帰還した。

 街に着いてノウァの部屋に戻ろうとすると、宿では玩具屋さんの大熊猫が深雪の事を待っていた。
 大熊猫は、いつもの様に軽い調子で、修理を頼まれていた深雪の携帯電話を手渡した。

「おいこら、大熊猫。ナナがお前の店で買った、聖典カーンで殴られてこのザマだ。奇妙な品物売りやがって、トイレ行く度に気になるだろうが……ちょっと来い。」

 深雪の携帯を渡し終えて、上機嫌だった大熊猫の首根っこをファーヴニールが猫を捕まえるように掴むと、着包み越しからでも分かるような殺気を放ちながら宿の外へと引き摺っていった。

「アッー!やだ、ファーヴニールサンこわぁーい!
お代は、ノウァさんから頂いていまスんで。何かあったら、言てくだサイネー!」

 大熊猫はファーヴニールに連れて行かれてしまったので、深雪は仕方なくFPを抱えながらノウァの部屋へと戻った。
 部屋には昨日から行方不明だったノウァが、何事も無かったように紅茶を飲みながら寛いでいた。

「お帰りなさい。あら、深雪どうしたの……随分目が腫れてるけど?」

「なんでノウァ居なかったの……ノウァのアホぅ。」

 深雪が急に抱きついてきたので、ノウァは悶えながら変な声を漏らした。

「しょうがないでしょ、色々事情があふぅ!?ちょっと、いきなり抱きついてこないで……結構辛いんだから。」
 
 深雪が驚いてノウァから離れると、ノウァは血塗れになっているFPを見てとても悲しそうな顔をした。

「血ってなかなか落ちないのよね……FPが血塗れってことは、深雪も怪我をしたの?見た目はなんとも無いようだけど。」

「深雪は大丈夫だけど、深雪のせいでサクラお姉ちゃんに怪我をさせちゃった。」

 深雪の目に涙が溜まるのを、ノウァは指で拭いながら少女を軽く抱き寄せた。

「……珍しく深雪が反省してるのね。私がついていなかった事にも原因はあるから、深雪のせいだけじゃないわ。サクラさんにはちゃんと謝ったの?」

 深雪が黙って首を横に振ると、ノウァは深雪の顔を覗きこんで視線を合わせた。

「FPは私が綺麗にしておくから、深雪はサクラさんの所に行って、謝ってきなさい。いる場所は分かるのでしょう?」

「サクラ姉ちゃんは……多分、レイヤ先生の所だと、思う。」

「こういうことはね、代わりに誰が謝っても仕方がないことなの。深雪がサクラさんにちゃんと言わない限り、逃げてるのと変わらないのよ。反省しているなら、まずは謝るべきだわ。」

「違うの。深雪、どういう風に謝っていいか分からなくて。深雪、お姉ちゃんが怪我すること分かってたはずなのに、何もしなかったから……あぶっ。」

 深雪の言葉を遮るように、ノウァは深雪の頬を両手で挟んだ。

「なに深雪なのに小難しいこと考えてるの?一言、ごめんなさい。余計な事は言わなくていいの。サクラさんだって、深雪の言い訳聞かされても困るだけでしょう。」

「……レイヤ先生の所に行ってくる。」

 深雪はまだ何か言いたげな表情だったが、FPをノウァに手渡すと部屋から出ていった。
 少女が出ていくのを確認すると、ノウァは深い息を吐きながら崩れ落ちるように座り込んだ。

「ノウァの方も怪我酷いんじゃない。幻覚被せしても、痛いものは痛いでしょ?」

 ノウァに抱えられたFPが呑気な口調で言った。

「いつまでも寝てるわけには、いかないでしょ。この程度の怪我で動けなくなったなんて、思われたくないの。とりえず、ちょっと休んだらFPを洗濯するわ。」

 深雪のことも心配だけど。とノウァは付け加えて、ベットの方へ倒れこむように転がり込んで目を閉じた。

 
 深雪はレイヤの部屋の近くまでは来たが、扉をノックする勇気が出ずに通路の前で立ち竦んだ。
 ノックをして、ユカラやレイヤが出てきた時の事を想像すると、門前払いされそうで今一歩踏み出すことができなかった。
 暫くレイヤの部屋の前を右往左往していると、ノブが回る音が聞こえたので深雪は慌てて通路の角へと隠れた。
 足音はそのまま深雪の方へとやって来たが、今更逃げ出すわけにもいかず深雪は俯きながら足音が通り過ぎるのを待った。

 「そんなところで何をやってるんだ、貴様は。」

 無愛想な男の声に深雪が顔をあげると、少し疲れたような表情をしたレイヤが深雪の前に立っていた。 

 「あ、レイヤ先生……。」

 レイヤに何か言われそうで怖くなった深雪は、胸元で手を握りしめながら振り絞るように声を出した。 

 「レイヤ先生……サクラお姉ちゃんを、お願い……。お願い、します……。」

 『サクラはもう大丈夫だ。後で、会いに行ってやれ。』

 泣き出しそうな深雪を、あやすように頭を撫でるレイヤ。
 深雪の脳裏に一瞬、鮮明な映像が映し出されると、深雪の身体はますます恐縮した。

 「サクラはもう大丈夫だ。後で、会いに行ってやれ。」
 
 深雪のイメージをなぞるように、レイヤは深雪の頭を優しく撫でた。

 ―また、だ。

 サクラが怪我をした時も、深雪は過去にあった出来事のように、映像が再生される既視感を憶えていた。
 起きる悲劇が分かっていても、その結果を変えることができない。否、変えようともしない自分に対する失望と絶望が深雪の心を締めつけた。
 サクラが瀕死で助かる事も、もう分かっていた。
 未来を告げてしまうと、サクラが今度は死んでしまうかも知れないという不安と、結果を知っていたのに何もしなかった自分が責められる事が怖くなった。

 「レイヤ先生ごめんなさい……」

 「俺様に謝るより、後でちゃんとサクラにでも謝っておけ。あと、少しは元気を出しておけ。サクラが気にする。」

 レイヤはそれだけ言うと、深雪を残して別の部屋に入っていった。
 サクラの寝ている部屋へ行っても、今はサクラの意識は無い。
 意識が戻ったら、サクラお姉ちゃんにちゃんと謝ろう。
 元気になったサクラお姉ちゃんになら、本当の事を言っても許してもらえるかもしれない。
 もしかしたら、深雪の変な感覚も錬金術の薬で治せるものかもしれない。
 深雪は自分にそう言い聞かせると、結局サクラに会わずに帰ることにした。


「……そういえば、携帯直ったんだっけ。」

 郷愁にふけった深雪は、母親の声が聞きたくなった。
 携帯のアドレスは奇跡的に残っていたらしく、深雪は実家の佐藤醤油店へと電話をかけた。
 電波は繋がっているようで、呼び出し音が数回なった後で電話を取る音が聞こえた。

「佐藤醤油店ですー。御用はなんですかー」

「……!?」

 自分の声を、自分で聞く機会があまりないので違和感があるが、その声は間違いなく深雪自身の声だった。 

「……なんで、そっちに深雪がいるの。冗談だよね、美鈴お姉ちゃん?悪戯やめてよぅ。」

「ふぇ?なんで深雪の声がするの……うわぁ、おっかねぇぇ!?なにこれぇ!?」

 ガチャン!
 
 一方的に電話を切られたショックで、深雪は持っていた携帯を思わず落とした。
 慌てて深雪が拾うと、携帯電話の液晶画面が割れて画面も真っ黒なまま何の反応もしなくなった。
 大熊猫にまた頼めば直るかもしれないが、直ったとしてもまた同じように『あっちの世界』の深雪と繋がってしまう事を考えると、怖くて電話をかける気にもならなかった。 

「もぅ、やだよぅ……お家に帰りたいよぅ……お母さん……」

 泣きながら歩く深雪は、宛もなく何処かをずっと彷徨っていた。
 歩くことも泣くことも疲れ果てた深雪は、見覚えのある扉の前までたどり着くと、力尽きて扉にもたれ掛かるように意識を失った。


 少女が辿り着いた場所は、不幸を糧として喰らう悪魔のいる部屋だった。

表日記17日目(精霊日記-3日目)

 先に戻ると一足先に街に帰ったノウァは、結局ファーヴニール達の元へ戻って来なかった。
 
 エスタでノウァが借りてる部屋をファーヴニールが調べたが、一度帰ってきたような形跡はあるものの、ノウァはどこにも居なかった。
 深雪が一人では寝れないとノウァに聞いていたので、着包み着たまま宿で寝ることを強いられると危惧したファーヴニールであったが、幸い深雪はサクラと一緒にお泊りする事が決まったので、危機回避することができた。
  
「あの、ノウァさん。まだ戻られていないのですか?」

 今日からサクラやレイヤ先生達と同行する事になり、錬金術師達の護衛役のセツカが 
ファーヴニールに話し掛けてきた。
 うさぎ着ぐるみを着たファーヴニールは、セツカの声に振り返ると軽く手を振って返した。

「ああ、街に先に帰るとは言っていたが、戻ってきていないな。部屋の方には一度帰った形跡はあるし、帰る途中で何かあった訳ではなさそうだが。」

「そうですか。まさか、街でノウァさんに何かあったんじゃ……ところで、ニールさん。今日は声が高い感じなんですが、どうしたんですか?」

 心配そうな様子で、ファーヴニールを見るセツカ。

「ああ、声が高いか?ちょっと風邪気味でな。ノウァに何があったのか迄は知らんが、少なくても死んではいない。死んでいたら、俺もタダでは済まないはずだ。」

「風邪ですか?あまり無理しないでくださいね。よく分かりませんが、最悪の事態ではない……と言う事ですね。変な事件に巻き込まれてないといいんですが。」

 セツカは不安を紛らわすかのように、胸元にあるペンダントに仕切に触れながらファーヴニールに答えた。
 
「なに、戦士は戦場に立った時がベストコンディションだ。違和感は禁じえないが、何の問題もない。気になる事と言えば、俺からは連絡できないにせよ、ノウァから魔法などで俺に連絡があってもいいとは思ってるが。まぁ、まずは依頼をこなすのが先だな。」

 予め、食料運搬の依頼を受けていたため、ノウァが居ない事を理由に依頼をキャンセルする訳にもいかなかった。
 ファーヴニールの言動が不穏なので、セツカは眉をひそめたが、これ以上追求しても答えてくれそうにないので話を切り上げることにした。

「分かりました。ノウァさんの事も、何か分かったら連絡ください。依頼の方頑張りましょう。」

 セツカは軽く一礼すると、隊列の前の方へと戻っていった。
 後方を守るファーヴニールは、あるべきものがない為に落ち着かないのか、何処となく動きがぎこちなかった。
 それは、昨日の出来事。
 街に帰って花見と称して、兵庫や道産子、カオツやナナと一緒に飲み食いをしていた時の事。
 ナナが悪ふざけに、大熊猫の玩具屋から買った「聖典カーン」という本で、ファーヴニールの頭を小突いた。
 外見はまったく変わらなかったものの、ファーヴニールの身体は女へと強制変化した。
 そのままナナが逃げ出したため、ファーヴニールの身体は女体のままだった。

「……早く元に戻らんと、本気でまずいな。用をたすのが不便すぎる。」

 不便な主な要因は、ファーヴニールが着包みを着ている事が原因だったが、それを指摘する人は残念ながら周囲には居なかった。
 
 道中、ファーヴニールの前には、サクラと深雪が仲良く話しながら歩いていた。
 遠目から見ると、姉妹のようにも見える和気藹々の二人のせいか、少し後ろを歩いているレイヤ先生の背中が哀愁を漂わせているかとファーヴニールは思ったが、ユカラが彼の傍にいるので和んだ雰囲気は変わらなかった。
 イメチェンして急にイケメンになった道産子と、いつもはやかましい兵庫は妙に初々しいカップルのように、互いに視線をちらちらと交わしている二人も気にはなったが、何かいうと兵庫にどやされそうなので、ファーヴニールは黙って見守ることにした。

 ちんまりとした村にたどり着いて、セツカとファーヴニールが積荷の食料を下ろそうとしていると、村の中央部の方からなにか声がするのが聞こえた。

「た、た……助けてくれえぇぇえぇぇッ!!」
 
 村人たちの喧騒から、村の中心にある広場で何かが起こっているようだった。
 
「ふええー、なんだろー。何かショーでもやってるのかなぁ。深雪、見てくるねー」

 サクラと手を繋いでいた深雪は、突然手を離して中央の広場の方へと駆け出してゆく。

「あ、待って!深雪ちゃん!一人で行ったら危ないよ!」

 慌ててサクラが後を追う。

「まずいですね、俺たちも早く追いかけましょう。」

 食料袋を一旦降ろし、サクラ達を追いかけようとするセツカ。

「確かにサクラが危険な目に遭うのはまずいな。サクラの方の護衛を頼む。深雪は結界が張ってあるから、先ず安全だろう。俺は足が速いほうじゃないから、先に行ってくれ。」

 セツカは頷くと、荷物を一旦下ろして全力でサクラを追った。
 ファーヴニールも自分の荷物を降ろした後、道産子と兵庫に荷物の番を頼んで後を追った。
 セツカはサクラの背中が見えたので、大声を出して彼女を引き止めようとした。

「サクラさん!一人で前に出ては危険ですから、一緒に行きましょう。深雪は結界が掛かってるから大丈夫だって、ニールさんが言ってました。焦らなくても、大丈夫です!」

 振り向いたサクラは、一旦止まって安堵したような表情を見せたが、少し考えこむと険しい表情に変わり、またセツカに背を向けて駆け出した。

「ダメですよ!深雪ちゃんの結界を掛けてるのはノウァさんじゃないですか!深雪ちゃんには今、なんの魔法も掛かってないですよ!」

「あ、そうですよね……深雪をすぐに追いかけなきゃ。くそっ、深雪め。余計な心配かけやがって。あ、待ってください、サクラさん!」

 セツカは脳裏に浮かびあがる不吉な予兆を払拭すると、サクラの背中を追って駆け出した。
 自分の目の届かない場所で、守るべき者を守れない後悔は二度としたくはない。
 それでも、全力で駆けるサクラとの距離はなかなか縮まらず、まるで風が水のように錯覚するほどに纏わりついて、逸るセツカの心を焦らさせた。
 

「うわ。便所コオロギばっかりだ、きめぇ。」

 中央の広場に一足先にたどり着いた深雪は、巨大竃馬に襲われる村人達を見て、それ以上近寄るのをやめた。
 深雪の地方では竃馬を便所コオロギと呼ぶのだが、それが群れているという事は、村の中央の公衆トイレから発生したのだと深雪は勝手に思った。
 
 「深雪ちゃーん!」

 背後から声がしたので、兎の縫いぐるみのFPを抱えながら深雪が振り向くと、此方にサクラが手を差し出しながら駆け寄ってきた。

「あ、サクラお姉ちゃんー。なんか便所コオロギしかいなかったー」
  
 サクラの方へと駆け寄ろうとする深雪に、穏やかだったサクラの表情が急に険しくなる。

「深雪ちゃん、避けて!後ろっ!」

「ふぇ?」

 サクラの声に反応して振り向いた深雪の目に映ったものは、数匹の巨大な竃馬が凄まじい跳躍で飛び込んでくる姿だった。

「うゎあああああ、きめぇええええ!?」

 慌てて避けようとした深雪は、思わず躓いて転んでしまった。
 深雪が立ち上がろうとする前に、巨大竃馬の群れの影が深雪の上に覆い被さった。
 
 巨大竃馬の蹴りが何度も、深雪の身体に叩き込まれる。
 その衝撃は子供の深雪にとって、致命傷になる打撃の筈だったが、何かに保護されているようで、深雪にほとんど衝撃は伝わらなかった。
 不思議に思った深雪は、怖くて思わず瞑ってしまった目を開けると、彼女に覆い被さるようにサクラが身を挺して巨大竃馬の蹴りに耐えていた。

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佐藤深雪

Author:佐藤深雪
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アイコンは魔術商会さん(E№41)からいただきました。とても感謝なのです。

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