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2018-12

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日記37日目

 海水浴という言葉を初めて聞いたのは、テーセウス……テスが私をそれに誘ってくれた時の事だった。
 テスのお誘いに反射的に頷いてしまったものの、どの様な格好をすればいいのかまるで見当がつかなかった。
 エクやヒスカに相談しようかと悩んでいる私の顔を、テスが機嫌を伺うかのように覗き込んだ。

「オリフィは、まだ水着の方はお持ちではないのですか?まだでしたら、浴衣の時のように水着もご用意いたしますが?」

「あ、はい。その、実は……海水浴は初めてですので、どの様な支度をすれば良いのか分かりませんでした。テスにご迷惑をお掛けするかも知れませんが、よろしくお願いします。」

「そんなに畏まる事はありませんよ。それでは当日は、わたくしのお屋敷にいらして下さい。屋敷で着替えてから海水浴へ向かいましょう。」

「はい、よろしくお願いします。何もかもお任せしてしまって、申し訳ありません。」

 お辞儀をする私の頭を、テスの厚い掌が優しく撫でた。私が見上げると、目を細めて表情を緩ませている彼が静に頷いた。

 翌日、テスのお屋敷で水着に着替えた私は、テスと屋敷から少し離れた海岸へとやってきた。
 テスが用意してくれた水着は、私が普段着ている魔女の服よりも露出度が高かったため、私は日差しを避けるために魔女帽を被り、彼の貸してくれたTシャツを羽織っていた。
 一方のテスは、麦わら帽子に首元にタオルを巻いて、薄手の長袖を羽織っていたので日光対策は万全だった。
 ただ、どう見ても海に入る格好では無かったので、私は不思議に思いながらもテスと手を繋ぎながら海岸を歩いた。

「オリフィエル、海を見たのは初めてですか?」

「あ、はい。凍っていない海は初めてです……魔法陣を経由して島にやってきましたので。」

 少し熱い砂浜を裸足で歩く感覚に戸惑いながらも、遥か彼方まで煌めく水平線の鮮やかさに心を奪われた私は、思わず感嘆の声を漏らした。

「……泳いでみますか?」

 テスの言葉に私は頷くと、羽織っていたTシャツに手をかけ、ボタンを外し始めた。

「はい。ところで……テスは着替えなくても良いのですか?その格好で泳ぐ訳では、ありませんよね?」

 私はテスの持っている大きめのバケツの中に入った、柄の付いた折り曲がったフォークのような道具を不思議そうに見詰めた。
 彼は首を横に振ると、苦笑いを浮かべながら自分の服の袖を摘んでみせた。

「わたくしは……恥ずかしいので、肌を露出させたくないのです。」

「え、そうなのですか?私も水着姿は恥ずかしいのですけど……。」

「しかし、オリフィエルの水着姿はとても見たかったので、わたくしの事は気にせず海水浴を楽しんでください。」

 彼が拳をグッと握って目を輝かせて私を見詰めるので、テスが一緒じゃないと嫌だと駄々をこねたかったが思い留まった。

「あ、はい。浴衣も水着もテスに選んでいただいて、嬉しかったです。では、少し海の水に慣れておきますね。荷物、よろしくお願いします。」

 私は脱いだTシャツを軽く畳んで、帽子と一緒にテスに預けると、波打ち際の方へと歩き始めた。
 テスは荷物を受け取とり、手早くバッグにそれを仕舞うと、私に手を振り笑顔で見送ってくれた。

「何、わたくしの自己満足ですから。喜んでいただけると、調子に乗ってしまいそうです。荷物のほう、承りました。気を付けてくださいね。」

 テスが泳いでいいと言っていたものの、そもそも泳ぐという行為がよく分からないので、波を身体にかけて海水に身体を慣らす事にした。
 砂浜の方で何かを掘っているテスの姿を遠巻きに見守りながら、私はもう少し身体をつけるように波をかき分けて進んでいった。
 海の砂を踏む感覚は少しくすぐったかったが、程良い冷たさで気持が良かった。
 心地好さに思わず表情が緩んだ矢先、ふと誰かの気配を感じて辺りを見回すと見知らぬ男の人が此方を見ているのに気が付いた。
 私は自分がおかしな行動をとっていたのかもしれないと恥ずかしくなり、その視線を避けるように波をかき分けて逃げていった。
 少し離れすぎたかもしれないとテスの居る砂浜の方を振り返ろうとした時、足場の筈の砂地が急に抜けるように崩れだした。

「う、あっ!ちょ!?」

 海に引きずり込まれた私は浮き上がろうと必死に藻掻いたが、身体の方は波に流されるばかりで息をすることができなくなった。
 身体が水面から離れてゆくのをただ見つめながら、私の意識は次第に遠のいていった。

「オリフィ、オリフィ……大丈夫ですか?」

 私が次に意識を取り戻したのは、テスに横抱きにされて海面から引き揚げられた時だった。
 まだ意識がはっきりしない私の顔を、テスは心配そうに覗き込んだ。

「あ、はい。少し海の水を飲んじゃいました。実は私……ちゃんと泳いだ事がありませんでした。泳げない事を初めて知りました。」

「……泳ぐ環境がなければ気づきようがありませんね。」

 ずぶ濡れの服でテスは私を抱えたまま、やや遠くの方を見ながら答えた。

「……こんな事なら沐浴の時にでも、泳ぎの練習をしておけば良かった。」

 意識を徐々に取り戻した私は、テスと逢う度に何かしら迷惑をかけている事に心苦しくなり目を逸らした。

「あ、もう大丈夫です。だいぶ落ち着きました……テスをびしょ濡れにさせてしまってすみません。あと、あの……降ろしてもらっていいですか?」

「あらかじめ予想もしていた事なので大丈夫ですよ。それなら今、練習してしまうのは如何でしょう?こう濡れてしまっては水着の心配も御座いませんし、ね。」

 テスは私の膝裏に差し込んでいた腕を抜くと、私の身体をもう一つの腕で彼の胸元まで引き寄せた。
 私の身長ではそれでも砂地に足が着かなかったが、テスに抱えられている安心感のお陰か、それほど恐怖は感じなかった。

「あ、はい。そうですね、練習したら泳げるようになるかもしれませんよね……テーセウスさん、ご指導よろしくお願いします。」

「そんな畏まらなくても結構ですよ。いつものように“テス”と呼んで頂ければ、ね。」

 テスは小さく笑うと、私の身体を抱き寄せたまま砂地を蹴って海の深い方へと進んでいった。
 テスの教え通りに身体の力を抜いて浮く感覚を覚えてからは、補助を受けながらそれなりに泳げるようになるまでにあまり時間はかからなかった。


「ここまでくれば十分でしょう。よくできました。」

 ふと辺りを見回してみると、既に海岸からは遠ざかり、私達の荷物の置いてあるパラソルが小さく見える位の場所まで来ていた。

「あはー、泳げない事も知りませんでしたが、自分がちゃんと浮く事も知りませんでした。こんなに早く上達したのは、テスのご指導が優秀だったからですね。」

「褒めるのがお上手だ。オリフィエルの飲み込みも十分早かったですよ。」

 テスはそう言うと、立った姿勢のままで泳ぎながら私を抱き寄せた。

「まだテスが傍に居ないと不安ですけど、泳ぎに自信がつきました。もう少し練習して、テスと一緒に泳げるように頑張ります。」

「おや?ご一緒に泳いでいただけるのですか?……人気の無い、夜の海であれば喜んで。」

 私がテスの顔を見上げると、彼はニコリと微笑んだあと優しくキスをした。
 海水を飲んだので、しょっぱくなかっただろうかとテスの反応を伺ったが、顔をしかめられたりはしなかったのでホッとした。

「あはー、ご褒美をいただいてしまいました。」

「頑張る子の当然の権利です。少し疲れたでしょう。一旦浜辺に戻りましょう。帰りは私が泳ぎますよ。」

 テスは私を片腕で抱きよせたまま、沖の方へと泳ぎ出した。

「夜も褒めていただけるように頑張らないとですね。テスと一緒に泳げるように。」

「注文が多くてすみません、夜の方が矢張り“悪魔”としては活動しやすいですので……ところで、今日1日で泳げるようになる気ですか?」

「あ、すみません!?気が早すぎました!?少し練習してから一緒に泳ぎたいと思います!オリフお姉さんも泳ぎを教えてくれるかもしれませんし!」

 テスが大きく目を見開いて顔を覗きこむので、また変な事を言ってしまったのかと思わず気が動転してしまった。

「水に浸かっているだけで疲労は溜まるものですから、そう急がずに。オリフ様……彼女が此方に来られているのですか?」

「あ、はい。オリフ姉様もこちらにやってきています。何でも、個人的に調べたい事があるとか……私の事も心配して見に来てくれたようですけど。近いうちにテスをオリフお姉様に紹介しないといけませんね。」

「調べたい事ですか……なんでしょうね。しかし、心配してきてみたら貴方が分裂していたなんて自体、さぞ驚きになられるでしょうね。オリフ様には一度ご挨拶させていただきたい所です。」

 砂地に足が着く所まで来ると、テスは私を離してゆっくりとした歩調で海を出た。
 久しぶりに砂浜に足が着く感覚に一安心しながら、私はテスのあとに続いた。

「はい、その時は私の方からテスをオリフお姉様に紹介しますね。きっと、オリフお姉様も喜んでくれると思います!」

「是非宜しくお願いします……余程嬉しい様子ですね。」

 荷物の置いてあるパラソルへ向かう途中で、テスは沢山貝の入ったバケツを拾い上げると私の方を振り返った。

「はい、嬉しいですよ、こんなに素敵な方をお姉様に紹介できるのですから……その時は、今の服装では無くて、いつもの正装でお願いしますね。」

 私の言葉にテスは、自分の濡れた服を見たあと、頭に被っていた物が無い事に気がついて辺りを見回した。

「田植え前みたいな格好ですみませんね……そういえば、麦藁帽子が遭難してしまったようです。まあ良い。」

 テスは、パラソルの下にある荷物と一緒に貝の入ったバケツを置くと、私に手を差し伸べて来たので引き起こす様に彼の手を両手で掴んだ。

「田植え……あ、はい。じゃなかった……ラフな格好ですと、オリフお姉様が難癖付けそうですので。無くしてしまった麦わら帽子はそうですね……お店を覗いてテスに似合うのをプレゼントします。」

「礼儀正しい方だとは思っていたのですが、難癖……ですか。」

 テスは少し眉をしかめたが、直ぐにいつもの穏やかな表情に戻り、私の頬を軽く撫でた。

「おや、麦わら帽子をオリフィに選んでいただけるのですか?嬉しいですね。大事に使わせていただきますよ、勿論。」

「あ、はい。ではこれから、海の家も覗いてみましょうか?
運動して、お腹も空いてしまいましたし……テスの服も乾かさないと、ですし。」

「海の家ですか……良いですね。久しぶりに焼きそばを食べたかった所です。
この気候ですから、服もすぐに乾くことでしょう。」

 それからテスと私は、海の家の露店で食べ物を買って、ビーチパラソルの下で涼みながら楽しく昼食をとった。
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