FC2ブログ

2019-09

日記38日目

 ―夜。
 私達は小さな孤島にやってきていた。
 テスと私は座れそうな岩場に腰掛け、海を静かに眺めた。
「1日でよくここまで泳げるようになりましたね。暑い季節といえども夜は冷えます、もう少し此方に。」
 
 テスは私の肩に腕を伸ばすと、少しだけ身体を抱き寄せた。私達が向こう岸の方に視線を戻すと、丁度向こう岸で大きな花火が咲き、夜空を鮮やかに彩った。

「あ、綺麗。大きな花火ですね。何かお祭りごとでもあったのかな?」
「……おかしいですね、お祭りのお話は聞いていないのですが。」
 
 テスが首を傾げると、遠くの方で大きなものが落ちたような水柱が立った。

「何か海に落ちたようですね。暗くて、私には見えませんでしたけど。」
「……なんでしょうね、不発した花火でも落ちたのでしょうか?」
 
 暫く水柱の立った場所を眺めていたが、水面はそれっきり静寂に包まれたままだった。

「次のデートは花火が良いですかね。それでは、色々なものを用意しておきましょう。」
 
 テスの言葉に、私を花火に誘ってくれたヒスカの寂しそうな表情が過りやるせない気持ちになった。
 蓮さんやエキュは、私の事情を汲んでくれるかもしれないが、ヒスカの反応は純粋ゆえに私の交友関係がなおざりになっている事実を知らしめた。
 変わってゆく自分への恐れと漠然とした不安。
 私はテスに一つお願いをしてみる事にした。

「あの、前にテスのアトリエにお邪魔したいと言っていたお話ですが。その時、私の肖像画を描いて欲しいのです。ダメですか?」

 テスは私の申し出に驚いたように表情を強張らせたが、すぐに優しい目に戻った。

「……あ、是非、喜んでお引き受け致しましょう。しかし、その場合モデルをお頼みしますが、大丈夫ですか?」
「あはー、本当ですか?良かった、ありがとうございます。モデルはもちろん、喜んでお受けいたします。」
 
 私がテスに軽くお辞儀をすると、彼もお辞儀を返した。

「モデルはお暇なときで結構ですよ、時間はいつでも作れますので……こんな早く描ける機会がくるとは、思いもよりませんでした。」
「……はい。時を止める事はできませんから、せめて絵にだけでも今の私を留めておいて欲しいと思いまして。」
「今のオリフィを、ですか?……わかりました、が。なんだか急いでいるようですね。」
「最近、テスと一緒にいる時間が増えて、私のテスに対する想いが日に日に強まっていくようで……自分の心が変わってしまうのが恐いんです。」

 テスの答えは返ってこなかったが、代わりに彼の大きな手が私の髪を優しく撫でた。

「……もし変わってしまっても。今の私を思い出すために、テスが愛してくれた私の絵を残したい……って、変ですか?」
「決して変などとは思いませんよ。貴方が貴方であるために必要なのであれば、喜んで協力いたします。」
「はい、ありがとうございます。あの、絵が完成したら……な、何でもありません。その時、改めてお礼をしたいと思います。」
「おやおや……一体なんのお礼でしょうかね。オリフィのお礼と聞いて、俄然やる気が沸いてしまいました。」
 テスの表情を伺うと、彼があまりに上機嫌だったので、なんだか申し訳なくなった。
「あ、あの。お礼はあまり期待しないでくださいね?」
「ふふ、おかしな子ですね。オリフィエルから頂けるものであれば、なんだって嬉しいですよ?お菓子でも。ケーキでも。」
「あ、はい。ティーブレイク用のお菓子は、此方でご用意させて頂きますね。」
「楽しみにしております。我慢はしていたのですが、どうも甘味中毒が再発したようで。オリフィの作るお菓子がなければ、生活できない勢いです。」

 テスは冗談めいた仕草で、困ったように肩を竦めた。

「甘いものが大好きとは驚きです。男性のかたが、甘いものが大好きって可愛いですね。」
「女々しい所だと自覚はあるので、あまり出さないようにしていたのですが……ね。しかしこんな大の男に可愛いは無いでしょう。女性に言った方が喜ばれると思いますよ?」
「はい。ですから、テスの意外な一面を見ることができて、嬉しいです。テスに可愛いって言えるのは、私だけだといいな……なんて。」
 
 私がおどけてみせると、テスは顔を近づけ私の耳に触れるくらいまで唇を寄せた。

「食べてしまいたいほど、貴方は可愛らしい。」
「あ、え!?ええぇ!?私を食べても、あ、甘くなんてありませんよ!?」
 テスは小さく噴出したあと、肩を震わせながら笑いを堪えていた。
「……やあ、食べてみなければ判らないじゃないですか、“女の子は砂糖菓子で出来ている”とも言いますし。」
「え、そんな言い伝え、何処にあるんですか!?甘いものは好きですけど、ちゃんと我慢する時は我慢していますし!?」
「お菓子を我慢するなんて、オリフィエルは偉いですね。よしよし。」

 テスは子供をあやすかのように私の頭を撫でた。

「それでは、ためしに味見でもしてみましょうか?」

 そう言うと、彼は顔を寄せて私の耳たぶを軽く咥えた。

「うひぁ!?」
「うん……矢張りオリフィはとても甘いですよ。」

 跳ね上がった身体を受け止め、テスは満足そうに微笑んだ。

「あ、ちょ!?それ、くすぐったいです!?え!?甘いだなんて、そんな馬鹿な!?」
「ほほぅ、くすぐったい、ですか……覚えておきます。」
「……可愛いと言われるのは嬉しいですが、あまり驚かせないでくださいね。これでも、心臓はドキドキしてしまうのですから。」

 高鳴る鼓動を静める為、私は右胸へ手を撫でおろした。

「悪戯は程ほどに、心得ております……先ほどのように“味見”したのもドキドキされましたか?」
「からかっていらっしゃる事は分かっていますが、その……くすぐったい所は、ずるいです。」
 
 私はテスの腕を少しだけつねった。

「嗚呼、すみません、イタイイタイ。愚問で御座いました、よくわかりました。」
 テスは相変わらず笑顔のままなので抗議しようとした時、頬に当たる冷たいものを感じ、私は空を見上げた。
「……あ、雨。」
「不味いですね、どこか……雨をしのげる場所を探しましょう。」

 テスは岩場から立ち上がると、私の方へ手を伸ばした。

「あ、はい。夏とはいえ、雨に降られてしまうとあとで風邪を引きそうです。」

 彼の手に引かれて、私も立ち上がると雨宿りの場所を探し始めた。

「そういえば、シャツも帽子も海岸でしたね。おや、洞窟が……ここで雨を凌がせていただきますか。雨でいっそう暗い、足元にご注意下さい。」

 テスは私の手を引きながら、暗い洞窟を先導した。

「海岸の荷物も無事だと良いのですけど……あ、本当だ。はい。滑らないように気をつけます。」
「聊か暗いですが、ここなら大丈夫そうですね。丁度座れる場もあるようです。オリフィエル、少し暗いですが我慢できますか?」
「ずっと立って居るよりマシですよね。帰る体力を保つためにも、少し休憩いたしましょう。」
 テスは私の手を岩場の座れそうな場所に触れさせたあと、私が腰掛けるのを支えながら一緒に腰を下ろした。
「風の流れから行くと、暫く雨は続くかもしれませんね……海も荒れてしまうかも。」
「オリフィは風の流れを読めるのですか?素晴らしいですね……では、帰るのも当分先になると、ふむ。」

 それから私とテスは鏡の子の話をしたり、私より前の契約者の話をしたりして時間を過ごした。
 暫くすると目が慣れてきたのか、おぼろげながらテスの表情が見えるようになった。

「……あの。今更の話で恐縮ですが、私とテスは……契約者と従者の関係なのでしょうか?私はテスをそのようには思ってませんが、確認の為にお聞きしたいのです。」
「オリフィエルが望むのなら、そのような関係にも出来ますが“お嬢様”
なに、そういうものは立場的な関係に過ぎませんから、お気になさらず。」
「あ、いえ。あくまでも確認ですから“お嬢様”などと回りくどい言い方はやめて下さい。あ、はい。気にはしていないのですけど。
もし……私がテスに命令をしたら、言う事を聞いてくれますか?」
「承知いたしました、愛しのオリフィエル。命令……ですか?勿論お聞きしますよ。契約をしているのですから。」
「あ、それでは愛―」

―してると言ってください。と言う途中で願いが叶ってしまったので、私の命令は終わってしまった。

「え、どうして思ってる事が分かっちゃうんですか!?ま、まだ命令してないのに!?」
「顔に書いてありますよ?」
「え、嘘っ!?顔に書いてあるわけないじゃないですか!?ええと、じゃあ……次に私が命令しようとした事を当ててみてください……って、ああ、もぅ!?」
 
 テスに抱きしめられた私は、驚くやら恥ずかしいやら、頭の中が真っ白になった。

「これも勿論顔に書いてありました、嘘では御座いません。少し身体が冷えてしまっていますね……わたくしで暖を取ってくださってもかまいませんよ?」
「あ、その……確かに身体は冷えてしまっていたかもしれませんけど、そっちはでなくて、私がテスにお願いしたかった事は―」

 気がつくと、テスの顔は息が掛かる程近くにあった。

「……あ、の……その……」

 自然と見つめ合う形となり、私の鼓動が高鳴る。
 気持が昂ぶっているせいか囁くようにしか声が出せなくなっていた。

「あ、いえ……もう十分です……これ以上の事は望みません。」
「先ほどのお話を戻すのですが。」
 
 テスは一度私を見詰めたあと、私の耳に息が掛かる程の距離で静かに囁いた。

「砂糖菓子のように甘い貴方を、食べてしまってもよろしいでしょうか?」
「……!?」

 私の心臓の鼓動はさらに速くなり、爆発して死んでしまいそうだった。

「食べるって……ええとそれは……その……どういう!?」
「それは勿論言葉の意味そのままですが?あ、カニバリズムでは御座いませんよ、勿論。」
「あ、の……ええー!?」
 
 頭の中で如何わしい妄想が駆け巡る。テスに表情を読まれてといるか思うと、羞恥心のあまり顔から火が出るほど真っ赤になった。

「……なんてね、冗談です。」
「え、うそ!?そんな!?じゃなかった?そうですよね!?」

 私はレーレさんに教わった変な呼吸法で、何とか落ち着きを取り戻した。

「ええ、勿論。嘘ですとも。ですが……帰ったら、こちらの屋敷の方でもう一泊、されてゆきませんか?」
「もう……テスは冗談が過ぎますよ。え、もう一日……ですか?」
「此処で休んだ所で、疲れは抜けきらないでしょう。一度お屋敷の方で静養いたしましょう。」

 私は素直にテスの厚意に甘える事にした。

「……はい。」
「お断わりされてしまうかと思っておりました、良かった……屋敷についたら風呂と食事をご用意いたしましょう。海水も洗い流したい所です。」

 テスは嬉しそうに、何時ものように表情を緩ませて微笑んだ。

「ありがとうございます。今夜は帰れそうにありませんから、明日に備えてお休みしましょうか?」
「ええ、おやすみなさい。オリフィエル。」
「テス。おやすみなさいの前に……忘れていませんか?」
 
 私はテスの胸に寄り掛かると、背伸びして彼の翡翠色の瞳を見詰めた。

「おやおや、わたくしとしたことが。申し訳御座いません。」
 
 寄り添う影は一つに溶けあうと、雨音を残し夜の暗闇へと沈んでいった。
スポンサーサイト



● COMMENT ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://mementomorinomaigo.blog81.fc2.com/tb.php/159-69c73e04
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

サマバケ2010夜 «  | BLOG TOP |  » サマバケ2010昼

リンク

プロフィール

佐藤深雪

Author:佐藤深雪
いつから改装中だと錯覚していた?

なん だと…

アイコンは魔術商会さん(E№41)からいただきました。とても感謝なのです。

ノウァ
ファーヴニール
深雪

とことこ

最近の記事

カテゴリ

辺境地域(キャラのホーム世界設定) (4)
辺境黒歴史(ホーム世界の歴史) (3)
偽島2期日記 (25)
Fallen Island (2)
いただき物 (2)
オリフ (32)
ネヴァ (8)
カーズ (25)
偽島1期(TiA) (20)
カーズの日記 (1)
ティアの交換日記 (1)
おりふぃ (14)
偽島3、4期日記 (46)
六命表日記 (14)
六命裏日記 (9)
精霊日記 (19)

ブログ内検索

RSSフィード