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2018-09

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日記44日目

     鏡の中の家に入って行けたら、どんなにいいかしら?
        きっと、とても綺麗なものがあるわよ。
     何とかすれば向こう側に通り抜けられるって事にしましょうよ。
     この鏡、うすーい布みたいに柔らかいから、くぐれるって。
         あらら、もやみたいにとけちゃう。
         ほんとよ、くぐるの、わけないわ―――
―数日前のお話。
 
 その部屋は薄暗く、窓は厚いカーテンにより日差しが閉ざされ、沢山の本棚に囲まれた書斎だった。
 壁にいくつか掛けられた時計の針は止まったままで、文字盤の数字は逆さまに刻まれている。
 本棚に並べられた本の背文字もすべて逆さまで、まるで部屋そのものが鏡像のようだった。
 この場所は、移送鏡の中にあるフィー……オリフィエル・ニフルハイムの記憶のから作りだされた空間。
 彼女が幼少の頃から暮らしてきた、ニフルハイムの屋敷を模した書斎だった。

 その本棚の一角の傍らで黒衣の魔女が、何か思案するかのよう腕を組みながら、独り言を呟いていた。

「……ここの隙間に、何か大事な本が置いてあった気がするのだけど……気のせいだったかしら。」

 フィーは本棚の隙間に置かれていた本を思い出そうとしたが、どうしても思い出す事ができずに溜息をついた。

「……思い出せないものを気にしても、キリがないわね。」

 そう言うとフィーは、本棚から子供の頃に読んだ絵本を一つ選ぶとテーブルに戻り席に着き、ポットに入れておいた紅茶をカップに注いだ。
 記憶から作りだされた空間にあるものは、自分の記憶にあるものである。
 何気なく手に取ったこの本も、フィーの記憶に刻まれたものの一つでしかなく、子供の頃に感動して読んだ絵本を捲っても、おさらい程度にしか関心を抱く事ができなかった。

―コンコン。

 暇を持て余している彼女の耳に、部屋の扉をノックする音が確かに聞えた。
 鏡の中の世界に入る事のできる人物に思い当たる節があるとすれば、おりふぃかテーセウスの二人だけ。
 どちらがやって来たとしても、この退屈な時間を少しは楽しく過ごせそうだとフィーは思った。

「鍵は開いているわ。どうぞ、中へ。」

 扉越しの人物にフィーが声を掛けると、ドアのノブがくるりと周り、長身で長髪の男が部屋へと入ってきた。

「あら、初めまして。テーセウスさんですね。おりふぃから噂はかねがね伺っておりますわ。」

 フィーは席を立つと、スカートの裾を軽く摘み、彼にお辞儀をした。

「初めまして……やれやれ、漸く貴方とお話を設けられる機会ができました。嬉しく思います。貴方様は何とお呼びすれば宜しいでしょうか?」

「ええ、フィーで結構ですよ。おりふぃと区別しないと、ややこしいでしょうから。折角ですから、座ってお茶でもいかが?お菓子も既製品ではありますが、用意いたしますよ。」

 テーセウスと呼ばれた男は、軽く頭を下げてお辞儀をすると、フィーの居るテーブルまで近付くと足を止めた。

「それでは、フィー様とお呼びしましょう。席、失礼します……と、その前に。」

 テーセウスはフィーの前で手をくるりと翻すと、何も持っていない筈の手に一輪の黒薔薇が現れた。

「今朝摘んだものでございますが、お受け取りください。棘は既に取ってありますので、怪我の心配もございません。」

 テーセウスから差し出された黒薔薇をフィーは受け取ると、指先でくるくると花を回しながら薔薇の芳香を楽しんだ。
 棘を抜いた黒薔薇の花言葉はご存知かしら?と聞いても良かったのだが、どう見ても悪意の感じられないテーセウスの笑顔に、気分を損ねさせるのも悪いので笑顔で返すことにした。

「漆黒を纏った薔薇も美しいですね……ありがとうございます。今、紅茶の方もお淹れしますわ。」

 テーセウスが席に着くのを確認し、フィーは一輪挿しに薔薇を挿すと、戸棚からクッキーの入った箱を取りに向かった。

 彼女は菓子の箱を開けてテーブルに置くと、グラスの中に入った赤い蝋燭に火を灯した。
 フィーはポットの紅茶をテーセウスのカップに注ぐと、ようやく席へと戻った。

「お気に召されて何よりです。これはありがとうございます。そちらのキャンドルは……アロマキャンドルですか?爽やかな薔薇の香りがいたしますね。」

「ええ、良い香りがしますでしょう?カビ臭い本の匂いに囲まれたままでは、折角のお茶会が台無しですから、ね。」

テーセウスは注がれた紅茶の香りを楽しんだ後、「頂きます」と断りを入れて紅茶を一口啜った。

「……“彼女”と違って、随分と確りしておられますね。あ、失礼。今のは、オリフィに内緒にしてください。紅茶を入れるのもお上手だ。」

 テーセウスは感心したように頷くと、紅茶をもう一口啜った。
 フィーは彼に合わせるように紅茶を啜った後、苦笑いをしながらおどけてみせた。

「ありがとうございます。確かにおりふぃが聞いたら、拗ねてしまうかもれませんね。同じ人を褒めているのに、片方に気を遣わなくてはいけないなんて、おかしな話ですけど。」

 テーセウスはフィーの顔をじっと眺めたあと、額に手を当てて苦笑いをした。

「実は、一つお聞きしたい事が。貴方様の事は“オリフィ”として見れば良いのか、それとも“フィー様”として見れば宜しいのかをですね?」

「それは、おりふぃと私を同一として見るべきか、別々の個体として認識するかを私に聞いているのですね?」

 フィーの言葉にテーセウスは静かに頷いた。

「私はおりふぃの分身ですけど、彼女とは性格がまず異なります。私自身もおりふぃの分身である事は分かっていますが、別の存在として見ていただけると嬉しく思います。」

「……成る程、では貴方様の意思を尊重する事に致しましょう。よろしくお願いいたします。フィー様。」

 改めてお辞儀をするテーセウスに、フィーもカップをソーサーに置いてお辞儀を返した。

「ありがとうございます……でも、テーセウスさんにはあまり喜ばしくない事になってしまって、申し訳ありません。おりふぃに鏡界を操る力を与えたのに、私みたいな捻くれた子が呼ばれてしまうなんて、思いもよらなかったと思いますので。」

「それは誤解です。確かにオリフィに何らかの害を及ぼすなら、それ相応の対処を致しましたが。
貴方は“貴方”の意思を持っていらっしゃる。先程のお答えを聞き答えが出ました、わたくしは貴方と“好意的”な関係を築きたくあります。」

「ええ、勿論です。害を与えたり致しませんわ。
だって私は、テーセウスさんがおりふぃに力を与える契約の元に現れている訳ですから。
テーセウスさんの力でここに居られる存在でしかない私に、おりふぃと同じ扱いをして頂けるだけで嬉しいです。」

 フィーの微笑みにテーセウスは、しばし呆けるような表情をしていたが、すぐに我を取り戻すと苦笑しながら首を振った。

「やれやれ、同じ顔をしていらっしゃると、混乱してしまいそうですね。暫しの無礼をお許しください。」

「ふふ、双子だと思えば混乱なさらないと思いますよ……あ、そうだ。一つお聞きしても宜しいですか?おりふぃには言い辛い事ですので、テーセウスさんにはお話しようと思っていたのですが。」

「その考えはありませんでした。ではそのように考えるといたしましょう。はい、わたくしでよければ、なんなりとお聞きしますよ。」

 テーセウスの答えに気を良くしたフィーは頷くと、テーブルに肘をついて組んだ手に顎を乗せ、彼のターコイズ色の瞳を覗き込んだ。

「あ、はい。ではお尋ねします。おりふぃが鏡の世界の崩壊によって、こちらの世界へやってきた事について、テーセウスさんはご存知ですよね?
その、鏡の世界の崩壊時なのですけど、テーセウスさんはその場に居らっしゃいましたか?」

「崩壊は、存知あげておりますが……居合わせるなど。もし、そのような状況であれば、親子共々助けに行っているところです。」

「そうですか……私の思い違いだったようですね。変な事を聞いてしまって、申し訳ありません。」

「いえ……もしや、貴方様はオリフィが避けた事を口に出来るのですか?」

「おりふぃが避けた事……ですか。どの様な事でしょう?
確かに私はあの子が持っている情報より、多くの事を記憶していますが。
テーセウスさんに、おりふぃが隠し事なんてするのかしら。」

 フィーが不思議そうに首を傾げると、テーセウスは何か思考するように紅茶のカップを指でトントンと叩いていた。

「いやなに、彼女と交流を始めて最初の頃“両親は如何されたか”とお聞きしたのですが。
地雷だったようでして……フィー様でも言いづらいのであれば、この件はこれっきりにさせていただきます。
わたくし悪魔ごときで良ければ、オリフィエル・ニフルハイムに助力させて頂こうかなと。」

「なるほど、あの子はあの時の事を覚えて無いんですね。
ただ、私の記憶が本当に正しいのかは保証できませんので、あくまでも参考程度に聞き流して下さいませ。」

「かまいません、人の記憶など都合の良いように出来ているものですから。」

 テーセウスはフィーの言葉に頷くと、カップに残った紅茶を飲みほしてソーサーに置いた。
 フィーはオリフィの記憶に基づいて結界の崩壊の様子を説明し始めた。
 結界の崩壊時、オリフィの両親は砕けた鏡の世界と一緒に暗闇に消えてしまった事。
 オリフィだけは鏡の世界から脱出し、鏡の向こう側に居合わせた、姉のアルフラウに助け出されて無事だった事。
 自分もオリフィも鏡の世界がどうして壊れてしまったのか、詳しい原因は知らない事。
 そして、オリフィが鏡越しに覗いた母の姿が、結界の欠片のせいでバラバラに見えたショックで、変なトラウマが彼女に植え付けられた事を話した。

「なるほど……貴方様も本質では“オリフィエル・ニフルハイム”であると、そういうことなのですね。
矢張り、大事な存在が散々な姿であるのは余程ショックだったのでしょう。
……フィー様、もし真実を知ったときはどうされるおつもりで?」

「真実を知ることがおりふぃの遺跡の探索の目的でもありますから。崩壊の理由と、お父様やお母様の行方。その手助けをする事は当然だと思っています。
ただ……私は、あの子がそれを知った時にお役御免にならない事を祈りますわ。」

「……貴方様さえよければのことですが、兄の残した遺産に“人形”が数体残っているのです。
もし行き場所がないのなら、仮初の体ですがお貸し致しましょうか?」

 テーセウスの申し出に、フィーは少し思案するような表情をしながら、口元に指を当てた。

「あら、ありがとうございます。でも、それでは私がおりふぃではない“何か”になってしまいそうですね。
その件に関しては、保留という事にさせていただきますわ。」

 フィーは紅茶を飲みほしてカップを空にすると、お互いに空になったカップにポットの紅茶を静かに注いだ。

「言いそびれてしまいましたが実は、私……移送鏡から呼びだされたせいか、この鏡の内部記憶を読む事ができますの。
とは言っても、すべてではありませんけど。おりふぃのお婆さんと、テーセウスさんの仲が宜しかった事もご存じですのよ。」

 フィーの言葉に、しばし硬直したテーセウスだったが、紅茶を飲んで一息つくと「なるほど」とひとり頷いて、何か納得しているようだった。

「過去に関しては……言うべきことではないと思っていたのですが、ご存知だったとは。
あまり読み込まないで下さいね、貴方様の祖母にナンパをしましたが、盛大にふられた格好悪い時もあった気がしますので。」

「ふふ、断片的な記憶ですから詳細までは……ね。でも、私の方がテーセウスさんのお好みだったらどうしましょう。」

「フィー様は聊かサディスティックな所もお見受け致します……あまり苛めないで下さいね?泣き虫なので。ふふ……もう80年老いていらっしゃればドストライクでしたねえ。」

 テーセウスは困ったような表情で、肩を竦めた。

「……80年も年を重ねてしまったら、生きているかが怪しいですわね。そこまで待つなら、他の恋を探したくなりそう……って、私が言うべき言葉ではありませんね。」

 テーセウスの表情を伺うようにフィーは舌を出し、バツが悪そうに自分の頭を軽く小突いた。

「その顔とその声で言われると酷く傷つきます……」

 テーセウスはクッキーに手を伸ばしていた手を止めると、小さくため息をついた。

「ふふ、おりふぃに害のある事になってしまったら、さっきの言葉が嘘になってしまいますからね。ご安心を。
でも、私が意図せずにおりふぃに害を与えてしまった時にはお許しくださいね。私にはそのような意図はまったく無いのですから。」

 フィーはそういうと、悪戯っ子のように肩を竦めて微笑んだ。

「……意図しない害については、今の段階では返答に悩めるので保留にさせてください。」

「……慎重なお答えですね。貴方にそんなに想ってもらえる、おりふぃが羨ましいですわ。」

 フィーはわざとらしく拗ねたような仕草をすると、紅茶を飲んでテーセウスから視線を逸らした。

「貴方がオリフィと別の性格であっても、同じ“オリフィエル・ニフルハイム”であるとするなら、わたくしの行動も慎重にならざるを得ないと言う事です。フィー様も勿論大事ですよ?優先はオリフィでありますが。」

「なるほど。それでは、逆に……私をおりふぃと同じく愛してくださいますか?」

 フィーは飲んでいた紅茶をテーブルの隅に置き、テーブルから乗り出してテーセウスの元へ寄ってくると、彼の瞳を熱っぽく見詰めた。
 フィーの身体から仄かに香る甘い薔薇の香りが、テーセウスの鼻先をくすぐった。
 恋人と同じ表情が近付き、テーセウスは愛情に満ちた表情で目を細めた。

「……それも保留です。」

 やや乱雑に、フィーの頭を子供をあやす様に撫でながら、テーセウスは微笑んだ。
 その行動にやや呆気にとられたフィーだったが、彼の意図を汲み取って微笑みを返した。

「……さすが、あの子が選んだ人だけありますわね。鏡を出てからのあの子の記憶とは殆どリンクしていないので、あの子の貴方に対する想いまでは受け継いでいませんので、ご安心ください。試すような事をしてしまって、申し訳ありません。」

 フィーはテーブルから静かに降りると懐から懐中時計を取り出し、テーセウスに言った。

「……あまり恋人を拘束しておくと、おりふぃが心配してしまいそうですね。今日はこの辺でお開きにいたしましょうか?」

「中々の策士ですね?悪魔としてスカウトしたいくらいです。おや、もう大分たっておりましたか。そうですね、オリフィが寂しくて死んでしまったら困ります。この辺りで失礼を。」

 テーセウスは席を立つと、フィーに軽くお辞儀をした。

「あら?私の身体は貴方の力で出来ていますのよ?今日は楽しい時間を過ごす事ができました。
またお会いしましょう。テーセウスさん。」

 フィーはスカートの裾を軽く摘むと、テーセウスに丁寧にお辞儀を返した。

「これは一本とられた。それでは…失礼いたします。」

 テーセウスはくつくつと笑うと、静かに扉を開けてフィーのいる書斎をあとにした。

 再び静かになった部屋で、フィーは来客の食器を片付けながら、ふと彼が去った扉のほうをじっと見詰めた。

「……そう簡単に、真実を教えてはくれないわよね。やっぱり自分で辿り着くしかない、か。」

 フィーは一輪挿しに挿した黒薔薇を手に取ると、弄ぶように指先でクルクルと回しながら生花の芳香を物憂げな表情で見つめていた。
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