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2018-09

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裏日記11日目

 偽葉の戦いの後。

 偽島が沈み流れ着いた海岸で、暫くバカンスを過ごしたテーセウス夫妻と共に私は住処である白きの庭へと戻り、比較的平穏な日常を過ごしていた。
 従者としての仕事は、双子の悪魔のドルチェ様とアマービレ様の遊び相手や、屋敷の掃除や食事の用意などで、それらの仕事は強制的なものではなかった。
 屋敷での時間を持て余さないよう、自主的に私が行なっていた仕事であり、趣味に使うことのできる時間は幾らでもテーセウスさんが与えてくれた。
 屋敷に置いてあるピアノを調律していただいてからは、一人で弾き語りをするのが私の楽しみの一つになり、観客が居なくとも心が満たされる至福の時間となった。

 いつもの様に演奏を終えて鍵盤蓋をそっと閉じると、部屋の隅から控えめな拍手の音が聞こえてきた。
ドルチェ様やアマービレ様にしては、上品な反応だと思い拍手の主へと視線を向けると、左右に異なる眼の色をもつ藍髪のオリフィエルが、微笑を浮かべながら部屋の隅の方にちょこんと立っていた。
 ニフルハイム家の正装である魔女服を、アストゥリアス家に嫁いだ後で着ている必要はないのだが、白の魔女服はオリフィのお気に入りのようで、普段着として探索が終わってからも身につけている。

「あ、すみません。通りかかったら、素敵な演奏と歌声が聞こえてきたもので……お邪魔でしたか?」

 私の返事が無いので気分を損ねたと思ったのか、オリフィは慌てて拍手をやめて、軽く頭を下げた。

「いえ、今演奏を終えた所です。お気になさらず。お褒めいただき、ありがとうございます。」

 私はピアノの椅子から立ち上がると、オリフィに深くお辞儀を返した。
 オリフィは私の反応に表情を明るくすると、トコトコと傍まで駆け寄ってきた。

「あ、同じお屋敷にいるのに、ちゃんとお礼を言ってなかったですよね。偽葉の時はありがとうございました。ノウァさんが居なかったら、一人では危なかったと思います。」
「テーセウスさんの奥様をお守りするのは、従者として当然の使命です。褒めていただくのは光栄ですが、あまり気になさらないで下さい。」

 微笑みを浮かべて言葉を返すと、オリフィは思いつめた表情で私の方をじっと見詰め始めた。

「オリフィ様……どうかいたしましたか?」
「あ、はい。ノウァさんが、私の親しい友人に面影が似ているもので……あの、宜しければ、隠れてる目の方を見せていただいても良いですか?」

 オリフィが言う親しい友人とは生前の私、フィーの事を指しているのだろう。
 意識してフィーやオリフィとは異なる髪型にセットをしていたのだが、流石にそれだけではオリフィに勘繰られても仕方が無い。
 寧ろ、今まで気が付かなかったのか、それとも思っていても私に言えなかったのか興味深くはある。

「……はい、どうぞ。」

 前髪を掻き上げると、覗き込むようにオリフィは私の方へ顔を近づけた。

「……やっぱり、フィーな訳ないよね。」

 オリフィが聞こえないぐらいに小さく呟いた声を、聞き漏らさないように耳を澄ます。
 私の眼の色が両方同じなことを確かめると、オリフィは少しだけ寂しい表情をして俯いたが、直ぐに向き直って笑顔を浮かべた。

「あ、ごめんなさい。さっきもお話ししたと思いますが、私の親しい友人……フィーにノウァさんがとても良く似ていたので。いくら似ていても、フィー本人な訳は無いですよね。私ったら、やだ、もぅ。」

 大体予想が合ってる訳だが、勝手に自分で答えから遠ざかってくれるオリフィの性格には感謝したい気持ちになった。
 仮に私がフィーだったと気づいたら、オリフィはどんな反応をするのだろうか。
 少しだけカマをかけてみたくなった私は、少し踏み込んだ質問をしてみることにした。

「オリフィ様。フィーさんというお名前の方と、何かあったのでしょうか?なんだか、執拗に気になさっているようですので。」

「あ、え……はい。ノウァさんは、こちらに来てから間も無いですけど、テスから聞いてご存知かも知れませんね。私はフィーと争うことになってしまって、彼女を傷つけてしまいました。その事で、彼女とお話がしたくて。」

「いえ、テーセウスさんからは何も伺っておりません……傷つけたとは?フィーさんに、怪我をさせてしまったのなら、直接謝りに行かれては良いのでは?」

 オリフィは、一瞬肩を震わせると、とても辛そうな表情で私から目を逸した。

「……フィーは死にました。私の所為で。」
「そうですか。オリフィ様は、私がフィーさんの生まれ変わりだと思っていらっしゃるのでしょうか?」
「あ、いえ……はい。テスがノウァさんを連れてきた時にもしかしたら、って思っていました。それでも、私に教えてくれない事は何か理由があるのかなって。」

 テーセウスさんには聞けない事を、直接私に聞きに来る事のほうが度胸がいるのはないのだろうかと、ふと思った。

「なるほど。仮に私がフィーの生まれ変わりだったとして、オリフィ様は何を私にお話する心算だったのですか?」

「えっ、それは……あの時の事を、もう一度話し合いたくて。」

 小犬のように怯えた目で、私を見るオリフィに罪悪感が芽生えつつも、オリフィの本心を確かめるために質問を続けた。

「……オリフィ様は、自分のした事をフィーさんに謝りたいと思っておられるのでしょうか?」

「えっ……あ、その……。」

 言葉を探すのに動揺するオリフィに、胸がときめいた気がしたが、冷静を装って私は淡々と言葉を綴った。

「仮にフィーさんに謝ることができたとして、オリフィ様がその方にしてしまった事は赦して貰えるような事なのですか?」
「……いいえ。」
「……質問を変えてみましょうか。仮に私がフィーさんの生まれ変わりだとして、オリフィ様の事を「赦す」と言えば、オリフィ様の気が済むのでしょうか?」

 オリフィは、目を潤ませながらも俯くのを我慢すると、きつく口を結んだまま私の方を見詰め返した。

「あ、いえ……ごめんなさい。私は自分の意思でフィーを殺めました。それは、誰が赦してくれても、赦されることではありません。この罪は一生背負って生きていきます。」

「……私がオリフィ様を赦すと言うだけで、オリフィ様の心が晴れるのでしたら何時でも仰って下さい。お力添えは致しますので。」

 頭を撫でるのは馴れ馴れしいので、オリフィの肩を少しだけさすって笑顔を作ってみせた。
 フィー……オリフィエル・ニフルハイムの死は避けることの出来なかった結末。
 彼女はオリフィエルの死を認識して、悪魔との契約によって齎される不幸から逃れなければならない。
 それが、私が新たな名前をテーセウスさんから頂いた意味。
 同時に、フィーであった過去と決別するためにも必要な儀式。
 オリフィエル・ニフルハイムの死をなかった事にしてはいけないのだ。

「はい、お気遣いありがとうございます……ノウァさんは優しいですね。私、ノウァさんとは良いお友達になれる気がします。」

 微笑みながらオリフィが返した言葉に、私と彼女はもう二度と昔のように心を通わす事ができないと悟り、少しだけ寂しくなった。
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