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2018-09

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表日記19日目(精霊日記-1日目)

 ノウァが部屋の外の深雪に気付いたのは、夜食の為に酒場に降りようとドアに手をかけた時だった。

「なにこれ、ドアになんか置いてあるの。ちょっと、重いんだけどっ。」

 勢い良く扉を開けると、その勢いでドア寄りかかっていた深雪が、床にしたたか頭をぶつけて呻いた。

「痛ったぁいっ……なにすんだよぅ。」

「サクラさんの所から戻ってこないと思ったら、何でこんなとこで寝てんのよ。それで、ちゃんと謝って来たの?」

 まだ突っ伏している深雪を抱え起こすと、ノウァは深雪の頭をさすって怪我がないことを確認した。
 深雪の頭には、ややタンコブができていたが、我慢できる程度だろうと撫でるだけで済ませた。

「ううん、サクラお姉ちゃん寝てたみたいだし……それより、深雪はもう元の世界に帰れないの?なんか、携帯で電話したら、あっちにも深雪が居た。」

「……そう、電話をかけてしまったのね。原因はよく分からないけど、元の世界の深雪はこっちの世界に来てない事になってるわ。穴に落ちてセルフォリーフに来た深雪は……居なかった事になってる。」

「なんでっ、深雪はここに居るのに、居ないってどういう事?深雪、どうなっちゃうの?」

 深雪の質問に、ノウァは推論でしか答えることができないことを歯痒く思った。

「落ち着いて、深雪。深雪が別にすぐに消えたりはしないと思うわ。ただ、今ここに居るあなたは、もう元の世界には帰れない事だけは確かなの。」

 ノウァの言葉をある程度理解したのか、深雪は大粒の涙を零しながらノウァに抱きついた。

「なんでっ……深雪、お家に帰りたいだけなのに……こっちに居たって、またみんなに迷惑かけちゃうもん。深雪はこんな所に来なければよかったのにっ……帰りたいよぅ。」

 ノウァは深雪の背中を摩りながら、思案を巡らせていた。 
 強い運気を持つものは、無意識に周りの人の運を奪うこともある。
 テーセウスさんの妻であるオリフィエルも、強烈な運気の持ち主だが、彼女の周囲に居る者が不幸な目に遭うことは決して少なくなかった。
 
 深雪も同じ類の人種で、自分の幸運と引換に周りの運を吸い取っているのではないか。
 現にFPがノウァの手元にあれば、カテリーナとの戦闘も避けられた可能性があったし、サクラの怪我に至っては深雪を庇ったが故に起きた事故である。
 深雪がここに居ることで、また誰かに不幸が起きる確率も否定できない。 

 そして、深雪が元の世界に帰れないという結果も、深雪がこの世界に来なければ、起こらなかった現象ではないのか。
 深雪がこの世界へ呼ばれる原因を断てば、すべての悲劇は無かった事になる。
 
 ノウァが、ブレインさんから借りたパソコンで調べてみたところ、深雪がこの世界に呼ばれたのは、とある魔法実験の失敗が原因だと分かった。
 その魔法実験とは特別卒業試験の課題で行われた、奇しくも異世界から来た人達を元の世界へ還すための魔法だった。
 その魔法の影響で、深雪は元の世界から隔絶されてしまったのかもしれない。
 魔法の使用者は、ジェイド王国の錬金術アカデミーに所属するウルドという少女とまで調べはついていた。
 彼女の呪文が成功するかしないかは兎も角、ウルドが魔法を唱えることさえ阻止出来れば、深雪がセルフォリーフに来る事はない。

「深雪。帰る手段だけど……あるかも知れないわ。」

「えっ、ほんとに?」
 
 ノウァの言葉に、深雪は驚いて顔を上げた。
  
「……私と契約しなさい。深雪が望む願いを叶えてあげる。」

「契約?あのねこっぱちがよく言ってるあれ?」

 涙を袖で拭いながら、深雪はノウァに尋ねた。

「ええ、ねこっぱちのとは少し違うけど。深雪の望みを叶える代わりに、深雪の運を貰うの。別に痛くはないわよ。」

 ノウァが深雪の耳元で囁くと、深雪はやや声を震わせながら呟いた。

「深雪は……元の世界に帰りたい。」

「そう、本当にそれでいいのね。」

 ノウァがもう一度尋ねると、深雪は小さく頷いた。

「それじゃ、深雪。ここにキスしてくれないかしら?」

 ノウァは立ち上がると、深雪の目の前に契約印の刻まれた足を差し出した。
 深雪は、ノウァの足の甲に顔を近づけて鼻をヒクヒクさせると、露骨に嫌そうな顔をした。

「ちょ、匂い嗅ごうとすんな!?儀式なんだから、ちょっとは我慢しなさい。元の世界に帰りたいんでしょ?」

「えー、でも……うん、じゃ我慢する。」

 深雪がノウァの足の甲に口付けをすると、契約印から黒い霧のようなものが立ち籠め、深雪の身体に纏わり付いた。

「うぁ、なんか入ってくる……気持ちわるぃ。」

「契約成立ね。私の魔力を深雪に渡してるんだから、嫌そうな顔すんな。気持ち悪い感覚はそのうち慣れるわ。」

「魔力……深雪、魔法が使えるようになったの?」

「魔法の素質が身についただけね。そんな簡単に魔法が使えるようにはならないわ。でも、この前使えなかった異送鏡が、深雪も使えるようになる。」

「ほんと?それじゃ、深雪は元の世界に帰れるの?」

 ずっと暗い表情だった深雪が、久々にノウァに微笑みを見せた。

「ええ、結果的には……ね。深雪自身が、深雪をこの世界に呼んだ魔術師の魔法を阻止しなさい。」

「えっ、なにそれ。どうやってやんの!?深雪、魔法とかまだ全然わかんねーし!?」

 慌てふためく深雪の頭を、ノウァはぽんぽんと軽く叩いて微笑んだ。

「今やれとは言ってないわ。5年前位……ジェイド王国が復興した頃に飛んで、深雪が過去を変えられるだけの力を身に付けるのよ。」

「過去に……飛ぶ。そんな事、できるの?」

「どうなってるのか分からない未来や、深雪のいた元の世界に飛ぶよりよっぽど確実ね。座標だって変わるわけじゃないし。まぁ……専門的な話は深雪に言っても仕方ないわね。」

 ノウァは洗濯の終わったウサギの縫いぐるみのFPを部屋から持ってくると、深雪へと手渡した。

「詳しいことは、FPに聞きなさい。深雪が元の世界に帰るために何をすればいいか教えてくれるわ。深雪が寂しくないように、FPはあなたにあげる。大事にするのよ?」

「大事にしてよね。」

 FPは深雪に念を押すように言った。

「えっ、うん。ありがとう……ノウァ。」

 深雪がFPを抱きしめながら嬉しそうに微笑むと、彼女は視線を逸らすように顔を伏せた。

「……礼を言われるようなことじゃないわ。私の自己満足だから。そうだ、異送鏡を使う前にちゃんとサクラさんに挨拶してきなさい。そして、ちゃんと謝ること。いいわね?」

「うん、分かった。サクラお姉ちゃんにちゃんと謝ってくる。」

「よろしい。今日はもう遅いから、明日の朝に出掛けなさい。お腹も空いたでしょ?少しは美味しいもの食べて栄養をつけないと。」

 
 ―翌朝、深雪はサクラの部屋へとこっそりお別れの挨拶に向かった。
 部屋のドアをノックして深雪が声をかけると、扉の向こうからサクラの返事が聞こえた。

「はーい。開いてますよぉ。」

 深雪が緊張しながらドアを開けて中の様子を伺うと、ベットに上半身だけ起こしたサクラがこちらの気配に気付いた。

「あっ、深雪ちゃん。良かったぁ……しばらく会えなかったから、心配しちゃった。」

 いつも通りの様子のサクラに、緊張していた深雪の表情が少し緩んだ。

「深雪はすげー元気だよ……サクラお姉ちゃんに助けてもらったんだもん。サクラお姉ちゃん、怪我大丈夫?」

「うん。本当はね、普通に動けるくらい元気なんだけど、念の為に安静にしてくださいってセツカさんが言うから、寝てるだけなんだよ。」

「良かったぁ……あのね。深雪のせいで、サクラお姉ちゃんに怪我させちゃってごめんなさい。」

 深雪が頭を下げると、サクラは困ったように苦笑いをした。

「大げさだよ、深雪ちゃん。怪我は治ったんだし、あまり気に病まないで、ね?」

 深雪はサクラの言葉に、ふるふると首を横に振った。

「ありがとう……でも、深雪がここに居るとみんなに迷惑がかかるから、元の世界に帰るね。」

「えっ、迷惑だなんて思ってないよ? でも、深雪ちゃんがお家に帰れるのは、良かったとおもう ……」

 むりむり笑顔を作るサクラの表情から、自分の事を第一に考えてくれる優しさが伝わって、深雪の心臓は張り裂けそうなほどに苦しくなった。
 また泣いてしまうとサクラが余計心配するので、深雪も泣くのを我慢しながら彼女に微笑みを返した。

「深雪、本当にサクラお姉ちゃんとお友達になれて良かった。お姉ちゃんの事、絶対忘れないね。ばいばい。」

「うん、あたしの怪我のことは後悔しないで、向こうに戻っても元気な深雪ちゃんで過ごしてね。」 
 
 サクラの柔らかい手が、深雪の小さな手を包み込むように握りしめた。

 部屋からこっそり帰る途中、深雪は結局みんなに見つかった。 
 

「アホなおせよ。」

 相変わらずの素っ気なさで、ユカラは別れ際に深雪にダメ押しした。

「そうか、じゃあな。」

 レイヤ先生もいつもの調子だった。

「あんまり気にするなよ、はげるぞ?……まあ、元気でな。」

 セツカはちょっとフォローしたような感じで、深雪の頭を撫でた。

 サクラの部屋から戻ってきた深雪は、異送鏡の前で待つノウァの所へと戻った。

 「挨拶は終わった?それじゃ、準備はいいかしら?」

 「うん、ちゃんと謝ったら、サクラお姉ちゃんが許してくれたよ。」

 「そう、良かったわね。」

 FPを抱えながら笑顔で答える深雪に、ノウァは笑顔を返した。

 「色々ありがとう、ノウァ。んじゃ、頑張ってくるね!ばいばいっ!」

 泣きながら深雪はノウァに微笑むと、深雪は異送鏡へと飛び込んだ。
 深雪の身体が靄に消えるように鏡の中へと溶けこんでいくと、ノウァを残して静寂だけが残った。
 ただ一人鏡の前で、ノウァは微笑みを返すこともなく俯いていた。

 「さようなら……深雪。」

 深雪は願いどおり、この世界から消滅したのだ。
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